第33話 秘密のメモ


 リーリャはいつものように業務をこなしている。

 今日はルーもオーナーもいない。

 

 オーナーの話によると、冒険者ギルドの方で少し用事を頼まれているのでルーも連れて行くということだった。

 どうしてルーちゃんまで一緒に行く必要があるのだろう、とはリーリャは考えない。


 オーナーがそう言って連れて行くということは、それが必要なことだからだと理解しているからだ。


 オーナーは何かにつけて正直すぎるところがある。

 オーナーが冒険者ギルドの用だと言えば、それはそうなのだ。


 例えば、ルーちゃんとどこかへ食事に出かけるとすれば、それはそのようにリーリャに伝えるだろう。


 エルト・レンドとはそういう人だ。



「リーリャさん、品出しも終わりましたし、私たち、ポップでも書きますね?」

と、ミミがリーリャに声をかける。


 この店には配送屋さんが商品を運んできてくれる。

 配送屋さんは、一日に計3~4回やってくる。


 まずは開店少し前に携帯食料や握り飯などの食糧分類が届く。パン類も一緒だ。それに、飲料類もこのタイミングだ。

 そして、昼過ぎにもう一度同じ内容が届く。これで、食糧類の日販品は終わりだ。


 あとの2回は、雑貨・菓子類と、書籍類だ。雑貨と菓子は一日交代で配送されてくる。書籍類は今は、週2回だけになっている。雑貨・菓子類は午後一に届く。書籍類は夕方だ。


「そうね、今日は書籍類も来ない日だし、この時間帯はお客様も少ない時間だから、お願いしようかな」

とリーリャが応じた。


 ミミは、「わかりました」と軽快な返事を残すと、もう一人の従業員を伴って、どの商品のポップを書こうかと相談し始める。


 今は3人で店番をしている。

 二人がポップをしてくれている間に何か出来ることはと考えたが、ここは二人にポップ作成に集中してもらうために、自分は来客対応を一番にすることにしようとレジ周辺の掃除でもすることにした。


 そう言えば最近、ミミの様子が少し

 いや、と言えば語弊があるか。

 なんて言えばいいのだろう、すこし「おんな」が出てるように見える気がするのだ。

 もともと明るいたちで、ころころと笑う笑顔はかわいらしくもあるのだが、最近は何と言うか、「色気」が出始めたように思える。


――ああ、もしかして……。


 そう言えば、この間、ホビット族の青年がミミに声をかけてきたという話があった。リーリャの知る限り、その青年はそれからこの店には来ていないように思う。


 ミミとの間に何かあったのか、何もなかったのか、実はここまで聞きそびれているのだ。


(――こちらから詮索することでもないし、何かあればそのうち話してくれるだろう)


と、今は静観することにしている。


 リーリャは気分を引き締めて、レジまわりの整理を始めることにした。

 レジの周りというのは意外と煩雑はんざつになりやすい。


 様々なオペレーションマニュアルや、期間限定商品の詳細、レジ入力の際にすぐに参照できるようにと様々な資料がいろいろな「隙間」に挟まれがちになるのだ。


 なので、定期的に整理しなければそれこそ咄嗟とっさに必要な時に必要な資料を手元にすぐに出せないというようなことが起きがちになる。

 さりとて、その資料の「必要不必要」をすべての従業員が判断できるわけではない。

 結果的にこの仕事は、リーリャの仕事となっているわけだ。


(――そう言えば、もうしばらくやって無かったわね。……ん? あれ? こんな資料あったかしら?)


 リーリャが目にしたのは、四つ折りになって端がぼろぼろになったメモだった。

 大きさはそれほどのものではない。四つ折りになっている限りは制服のポケットに入るぐらいのものだ。


(――なにかしら?)


 リーリャが不思議に思ってそのメモを開くと、そこには共通語でびっしりと文字が並んでいた。


(――これは……。覚書おぼえがきだわ。――ん? この文字――ルーちゃんの字じゃない) 


 リーリャが見つけたものは、まさしくルーが記したメモだったのだ。


 書かれている内容はレジ応対時の接客マナーや注意点、言葉遣いの正誤や、商品仕様の説明書きなどだった。


(――まあ、こんなに頑張ってたなんて、ちょっと気がつかなかったわ)


 ルーの素性が何者なのか、確かに少し不思議な子であることには違いない。オーナーの知り合いのようでもあるし、そうでないとも見える。

 ただ、このメモを見たリーリャは一つだけ確信した。


――ルーちゃんはこの仕事に真剣に取り組んでいる。


(――そうね。今はそれだけ分かれば充分よね。ルーちゃんも、ミミも、他の従業員さんも、みんなそれぞれに事情があるのよ。でも、大事なのは、この仕事に真剣に取り組んでいるかってことだけでいいはず)


『それが当人が望んで得た結果であれば、一緒に祝ってあげないと、ですね。僕はいつでもそう言えるよう、このお店を運営していかねばと思っています』


 オーナーエルトさんもそう言っていた。

 ならば自分にできることはそのような店内体制を作ることだ。


 リーリャはそのメモを元通り4つ折りにすると、整理した資料の間にそっと戻しておいた。

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