第32話 エルトのせい?


 ホールに静寂が戻る。

 

「ありがとうございます、ヘルメさん。さすがでしたね。防護障壁の展開のタイミングがバッチリでしたよ?」

「いえ、あのぐらいしか私にはできませんので――。しかし、エルトさんの魔法はとんでもないですね。ギルマスから聞いてはいましたが、まさかこれ程とは」


 エルトの称賛に対して、正直な驚愕でヘルメも応じた。


「嬢ちゃん、エルの魔法がこれが最大じゃと思うておらぬじゃろうの? あの程度、こ奴の実力の10分の1もないのじゃぞ?」

「そ、そんなわけあるか! さすがにそんなに強くない!」

ルーの言葉にすかさず突っ込むエルトだったが、

「い~や、10倍はある。なんせわしがあのような下等な竜の10倍以上は強いのじゃからの。10倍は無いとおかしいではないか」

「お前が物差しかよ! お前がさっきの竜の10倍ってどういう基準だよ」

と、やり合っていた。


「まあ、いいじゃねぇか。とにかくもうここにはアイツの様なものは現れないだろう。これで脅威も去ったってわけだ」

とゲラルドが言った。


「――いや、そうとも限らんのじゃ」

と、少し静かに言ったのはルーだった。

「ダンジョンには『』と言うものがあってな――。あんちゃんも冒険者の経験者なら知っておろうが、魔物はどこからともなく現れるじゃろう?」

と続ける。


 ルーの話によれば、ダンジョンが生成されるにあたって、その「核」になるものの存在があるという。それを『ダンジョンの芽』というらしい。


 ダンジョンの脅威度はその『芽』に応じて変化するものなのだが、通常の脅威度の場合はそれほど大きな魔力を持つ『芽』ではなく、ダンジョン内に魔力が充満するにつれて少しずつ大きく育っていくものだということだった。

 つまり、冒険者などがダンジョンに侵入して魔物を駆除し続ける限り、魔力の充満が押さえられることになる。結果として、ダンジョンはその『芽』に応じた最小規模の脅威度が保たれるという仕組みなのだという。


「じゃが、このダンジョンは少しばかり「おかしな生成」になっておる。この上の階層までは通常ダンジョンと変わらぬのに、この階層だけが脅威度が高くなっておるのじゃ」

とルーが持論を述べた。


「――つまり、この階層になにかがある、ってことか?」

とエルトが応じた。


「ああ、エルよ、わしが纏っておった魔力はお前の呪詛魔法で吹き飛ばされたのじゃが、あれらはどうなったと思う?」

「え? そりゃあ消えてなくなった――ってわけではないってこと?」

「魔力というものは自然界において基本的には一定量なのじゃ。まあ、若干、季節の変化に伴って変動はするが、基本的には普遍的に増減するものではない」


 ルーの言いたいことは、この世界においての魔力量が増減しないものだとすれば、「魔王ルグドア」が搔き集めていた「魔力」は拡散し、この世界に散らばったということだろう。

 つまり、ルーの言っていた通り、ルグドアから放たれた魔力が世界に散らばって新たな脅威が生まれ出る『芽』が芽吹いたという可能性もあるということだ。


「嬢ちゃんは、鑑定魔法を持っておるな?」

と、ルーがヘルメに問いただす。


「あ、はい。それほど精度の高いものではありません。エルト様のお店のリーリャ女史のようにはいきませんが……」

と、応じる。


 たしかに、リーリャさんの鑑定魔法の精度は少し規格外だ。あそこまで精度の高い鑑定魔法を操るものはそうそういない。


「かまわぬ。少しばかり、このフロアを捜索してみるがよい。嬢ちゃんなら発見できるじゃろう」

とルーが促す。


――では。と、ヘルメが術式を展開し始める。


 どこかに一点だけ、魔力の集束がみられる場所があるはずだから、それを探してみよと、ルーが注文を付ける。

 ヘルメは言われるままにフロア全体をくまなく「鑑定」していった。


「あ、ありました! 前方の壁、床から50センチほどの位置です」

「ふふん。大したものじゃ。正解じゃ。エルもみえたであろう?」

「ああ、あれが『芽』なのかい?」


「おそらくこのダンジョン自体の『芽』は別にあるじゃろうが、この階層フロアの異常な脅威度はあれによるものじゃろう。おい、あんちゃん、お前ほとんど働いておらんじゃろう? 嬢ちゃんの指示に従ってその場所の壁を破壊するのじゃ」

と、その役目をゲラルドに振る。


「はいはい。確かにほとんど働いてねぇって言われても仕方がないからな。――ヘルメ、ここでいいか?」

「はい、その位置です」

「おっけーい! ――どうりゃぁぁぁああ!」


――岩砕斬ブレイキングシュート! 

 

 ゲラルドはロングソードの剣先を前方に向けたまま引き絞ると、眼前の壁に向かって一気に片手突きを放った。


 その壁に轟音を立てて、大きな穴が穿たれる。


 すると、その位置からふわりと光体が現れた。色は紫ともピンクともいえる綺麗な色だ。


「やはりの……」

そう言うとルーはそれに右手を伸ばす。

 その光体はルーの右手の平に吸い込まれるようにふわりと移動すると、やがてルーの手の中で消失した。


「え? 何今の? あれが芽?」

と、エルトも初めて見るものに驚く。


「あれは、魔玉じゃ。そもそもはわしが世界中に散らばっていたものを集めておったものじゃ。それがで、ばらばらに吹っ飛んでいった。この階層フロアの脅威の元凶があれじゃ――」

と、ルーは意地悪い視線をエルトに投げる。

 

「なるほどなぁ。エルがルグドア、いや、ルーちゃんを倒した時に、その魔玉が世界中に拡散してしまったと。それで、異常なダンジョンが生成されたってわけか――。そう言われると、エルのせいってことにもなるわな?」

とゲラルドもエルにじとりとした視線を送る。


「――あーあー、わかりました。ぜんっぶ、僕が悪いです。はい、すいません――」

と、エルトもここは折れておく。ここで言い合っていてもこの二人相手じゃあまりなにも意味はない。そもそも二人とも、本気でそう思っているわけじゃない。


「じゃあ、少しこのあたりを探索したら戻るか。何か遺品のようなものでもあればロビィにも報告してやれるってもんだ……」

と、ゲラルドが締めた。


 こうして、このダンジョンの今後の処置については後日考えるとして、今日のところは目的達成ということになった。 




 

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