第24話 ゲラルドとエル


 冒険者ギルド――。


 ここは夢の集まる場所。

 いや、夢を見るものが集まる場所。


 年間数百という新人冒険者が誕生する中、夢破れて去ってゆくものもまた数百を超える。

 多くは負傷による冒険者活動の継続不能。

 また、作戦行動中失踪、つまり、推定死亡ももちろんいないわけではない。


 かつて、この世界は魔物や魔獣が跋扈ばっこしていた。

 そして、それらは時に村や街道の人々を襲い、その犠牲になってしまった住民も少なくはない。


 そんな中、彼らの生活の安全と安寧を守るために、冒険者たちは活躍した。

 あるものは村を救った英雄と称えられ、あるものは竜を退治した豪傑とうたわれ、そしてまたあるものは魔王を打ち滅ぼした勇者とあがめられた。


 そう言った並みいる英雄豪傑勇者たちを一手にまとめるのがこの俺、ギルドマスター、『噴煙ふんえん』ゲラルド・オーディロイである。


 『噴煙』――。

 皆がそう形容するように、一度沸き上がったその怒涛の攻撃を凌ぎきれるものはこの世に居なかった。

 立ち塞がる魔族はことごとく灰燼かいじんと化し、一騎当千と呼ばれるようになってから随分と久しい。


 そして今日もまた、冒険者ギルドの一日が終わる。

 今日の収穫は、貴重石が十数個、希少付与能力付きレアエンチャント武器一振り、依頼達成報酬が数百ゴールドというところだ。そのほかにも、「呪文書」の売上、「探索地図」の売上等もある。


 対して、死亡者行方不明者数はゼロ。

 今日もいい一日だった。

 数名の負傷者はいたようだが、冒険者資格の返還に至るまでのものではない。


 俺は、最後の書類に判を押し、自分の席を立つ。

 夕日が煌々こうこうと部屋の中を照らし、今日の終わりを告げようとしていた。


(さて、今日も一杯ひっかけてゆくか……)


 そう思い、外套がいとうをふわりと背に纏ったところだった。



 バン!

 と勢いよく扉が開かれた。


「ゲラルド! ちょっと頼みたいことがあるんだ! 入るよ!」

と入ってきた男が一人。


 そいつはノックもせずにいきなりこの俺の部屋に入って来ると、


「ん? なに黄昏てんのさ? 似合わないから早く座ってよ?」

と言い放った。そして、これから帰ろうと思っていた俺を無視して、

「それで、早速なんだけど、このグランエリュート近郊の景勝地とかの情報が欲しいんだよね。頼める?」

と続けた。


「お前なあ、一応ここはギルドマスター執務室だぜ? ノーノックで入って来るなんてお前ぐらいだぞ?」

と、返す。


「僕ぐらいのものだというなら、それでいいじゃないか。みんなはゲラルドのことちゃんと尊敬してるってことだろ?」

と、そいつ、エルト・レンド、いや、エルトシャン・ウェル・ハイレンドは言った。


 このうら若い元魔術師は、いまは「コンビニ」とかいう新しい形態の店舗を経営している。ただの町人を装って、商売を始めた若き実業家というていだが、その実態は、とんでもなく恐ろしい大魔導士だ。


 『漆黒』――。

 それがそいつ、エルトシャンに付けられた二つ名だった。

 おおよそ勇者パーティに似つかわしくない異名が表しているのは、その魔法技術の偉大さと、彼の操る「闇の力」のような数々の魔法に由来している。

 対峙したものはまるで深淵の闇、暗黒の渦、何もない真っ暗な黒い世界に引きずり込まれるかのような畏怖を覚えるというところから付いたと言われている。


 こいつはかつて勇者パーティに名を連ね、竜魔王ルグドアを滅し、この世を魔族の侵攻から救った英雄である。

 しかも、勇者パーティの他の3人、勇者、戦士、賢者は結局何もできず、エルトシャンの魔法の発現をサポートしたに過ぎないと、当の勇者パーティたちから聞いていた。

 

 ――が、俺にとっては、ただの「エル」だ。


「ったく、エル。したには言って上がって来たんだろうな? せめて、それぐらいの敬意は払えよ?」

と、階下のギルド事務員たちに断って来たのかという程度には注文を付ける。

 俺とエルはいわば「義兄弟」のようなものだ。と、ギルドの皆には言ってあるが、もちろんすべての冒険者たちがそれを知っているわけではない。それに、エルの正体を知っているものはほとんど皆無なのだ。

 いや、むしろ、知られてはまずいことの方が多い。

 なぜなら、勇者パーティたちは、別の世界を救うため、『転移門』を使って旅立ったということになっているからだ。そうして、今、この世界には勇者パーティは存在していない。

 それが冒険者たちの新しいモチベーションとなり、次にその危機が訪れた際には、我こそが勇者にと、日々研鑽に励んでいるのだから。

 

「ああ、ヘルメさんに言ってきた。そんなことよりも、いいことを思いついたんだ! これは、ギルドにとってもいい話だよ!?」


 まったく、本当にコイツが『漆黒』だったのかと、疑いたくなるような気持に駆られる。

 いまはただの商人で、頭の中には「コンビニ」のことしかないのかと思えるほどだ。


「――ふん。まあ、いいか……。それで? 今度は何を思いついたんだよ?」

と返してやる。


「何がいいんだよ?」

「なんでもねぇよ。早く話せよ。俺は腹がすいてんだよ?」

「腹じゃなくて、喉が渇いてるって言うんだろう? ほれ、取り敢えずこれでも飲んどけよ?」

そう言ってエルはテーブルに一瓶のポーションを置いた。


「なんだよこれ? 見たことねぇぞ、こんな色のポーション」

「ウチで今考えている新商品のサンプルさ。ビールの味がするような気になるポーションだ」

「ビールだと!?」

「ああ、そんなことよりもだ――」


 そう言ってエルは前のめりになると、『雑誌』というものについて語り始めたのだった。

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