第23話 各種族の結婚観って?


 ミミは目の前に座る青年の様子を窺っている。

 青年は少し恥ずかしそうに俯きながら、こう口を開いた。


「すいません。先程は、突然変なことを言ってしまって……」

そう言った次の瞬間には顔を上げてミミを見つめてこう続けた。

「あ、でも! 嘘とか冗談とかそんなのじゃありません! 真剣なんです」


 そう言った青年の目には不安と決意がありありと浮かんでいるのが見て取れる。

 確かに彼の言う通り、冗談や嘘を言っているようには到底思えない。


「ハンス、さん? でしたね? 私は学も無く、裕福でもありません。王立大学の院生であるあなたとは到底釣り合わないと思うのですが――」

と、自己謙遜して伺いを立てる。

 本気でそう思っているとかではないが、こういう時にはそう言うものよと、リーリャさんからアドバイスをもらっている。

 リーリャさん曰く、

「相手の本気度を見定めるためには、多少の駆け引きは必要なのよ?」

ということらしい。


「――そんなこと……。いや、ミミさんのことですから、今のは、僕の真剣さを推し量るための社交辞令なのでしょう。――まずは、僕のことを話します。聞いてくださいますか?」

とハンスは返してきた。


 もとより、そのつもりがあるからこうやって時間を取っているわけだから、是非もない。ミミは、こくりと頷いて見せる。


「ありがとうございます。えっと、どこから話したらいいんだ? あ、ああ、出身地でしたね? 生まれはレンカリアです。このエリュトウス王国内南部の伯爵領です。僕はそこの商家の生まれです」

と切り出した――。



******



「へぇ~、ミミに、ですか。僕はホビット族のことはよく知らないんですが、彼らも人間のように婚姻とかするのでしょうか?」


 エルトはリーリャさんからの報告を聞いて、率直そっちょくな質問を返す。


「え? 婚姻ですか!? そんな――すぐにそうなるとは……」


 と、リーリャさんはどぎまぎしている様子だ。しまった、別にそういう意味ではなかったのだが、ミミが結婚するとかそういう話に聞こえてしまったかもしれないと、エルトはあわててとりなす。


「あ、いや、ミミがその青年とどうなるかという話ではなくて、ですね。一般的にどうなのかな、と」

「あ、ああ、すいません、私ったら少し早合点はやがてんしてしまったようですね」


 と、リーリャさんは一旦居住まいを正し、

「ホビット族も婚姻はします。基本的には人間やエルフと同じです。まあ、エルフは特に長寿ですので、それほど婚姻というものに囚われない傾向が強いですが……。ホビットはその点、かなり人間寄りの結婚観を持っているように思います」

と答えた。


 リーリャさんによると、ホビットはそもそも情に厚く、温厚で、家族を大切にする傾向が強く、一旦婚姻したもの同士は互いに死が分かつまで添い遂げるというのが基本らしい。子沢山こだくさんの家庭が多く、多いものでは生涯で10数人を出産するという。

 そう聞くと人間よりたくさん産むように聞こえるかもしれないが、そもそもホビット族もエルフほどではないにしても人間より数倍長寿である。ゆえに、寿命基準で考えれば人間と大して変わらないともいえるだろう。

 そして婚姻した場合は女性が男性の元へ嫁ぎ、その男性の家業を主人と共に支えるというのが習わしだそうだ。

 なるほど、数十年前の日本の「きもたまかあちゃん」と言ったところだろうか。


 ミミ自身、後輩従業員の面倒見もよく、また良く気配りもできる器量を持っていて、いろいろと陰でこの店を支えてくれていることはリーリャさんからもよく聞いているし、エルト自身もよく目にしているところだ。


「――そうか……、でももしミミがそうなったら、祝福してあげないといけないですね」

と、エルトがリーリャに返す。


「そうですね。でも……、そうなったら少し寂しくなりますけどね」

とリーリャさんも応じた。


 そう言えば、あっちの世界でもこういった家庭事情を理由に退職する人は結構いたなと思い出す。

 結婚に伴う転居、妊娠、出産、子供の受験対応、夫の転勤などなど。


 エルトは基本的には「仕事<家庭」というスタンスを持っている。

 そもそも働くのは家族のためや自分のためであるはずなのに、それを犠牲にして働くということは本末転倒だという基本理念があるからだ。


 その中でも特に「祝い事」を理由に退職を余儀なくされる方たちにはその都度必ず、「おめでとうございます」と言ったものだ。


 人生において家族が増えるという祝い事はそれほど機会に恵まれないものでもある。当人が望まなければおそらくその機会というのはほとんどの場合訪れることがないだろう。

 つまり、家族が増えるということは本人たちが望んで目指した結果であり、努力や苦労の結実だ。

 仲間であるというのなら、素直に祝福してやらねばおかしいではないか。


「ええ、でも、それが当人が望んで得た結果であれば、一緒に祝ってあげないと、ですね。僕はいつでもそう言えるよう、このお店を運営していかねばと思っています」

とエルトが言った。


「はい。私も同じことを考えています。従業員たちが幸せになることが何より一番であるはずですから」

とリーリャさんも返してくれる。


 ああ、そう言えば、リーリャさんってこれまでに結婚とかしていたことはあるのだろうか? 彼女ほど長く生きていれば、そういう出会いが一つや二つあってもおかしくはないと思うのだが……。


「あ! オーナー、今、良からぬことを考えてませんでしたか? 私はまだ、婚姻の経験はありませんよ? それに、今はそんなことよりこの仕事が楽しくて仕方ないんです! あと数百年は結婚とかもったいなくてしてられないですよ!」


と、リーリャさんは、からからと笑った。


 数百年って――(笑)


 エルフの長寿をなめてはいけないということを痛感するエルトだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る