第22話 学生と店員
ミミはいつも通り検品を済ませると、商品をカートに乗せて売り場へと戻った。
すると、一人の若いホビットが彼女に近づいてきて、こう告げたのだ。
「ミミさん! 僕の話を聞いていただけませんでしょうか?」
(あ、この人、最近うちのお店によく来るようになった人だ――。この街ではドワーフ族はそんなに多くないけど、この人、少しみんなと違うから、どういう人なんだろうって思ってたんだけど……)
などと、ふと思い返しつつ、
「お話、ですか? えっと、すいません。今は仕事中ですので――」
と取り敢えずやんわりと制する。
「え、ええ、分かっています。ですので、お仕事が終わってからで構いません。あ、もちろん今日でなくてもいいです! あ、あした! 明日また来ますので、お返事を下さい。わたくしの方はいつでも構いませんので、ミミさんのご都合を聞かせていただければ……」
ミミはその若者の動揺と決意とが入り混じった複雑な表情を不思議に感じたが、その若者に対しては店に来た頃から悪い印象は持っていなかった。
身なりは豪華ではないが、質素というわけでもない。おそらくのところ、学生か、もしくはどこかの商家の奉公人というところだろうと思っている。
「――わかりました。明日都合をお知らせするかも含めてお返事いたします」
と、取り敢えずその場はそう返しておく。
若者はそそくさと買い物を済ませて、ミミに頭を下げると、店を出て行った。
「どうしたの? ミミ」
と声をかけてきたのはリーリャさんだ。
この、ずっと年上だろうエルフ族の女性は、この「コンビニエンスストア・88(ペアエイト)グランエリュート本店」の店長を務める人で、ミミの憧れの女性でもある。
仕事ができるのはもちろん、私たち従業員のことも本当の「お姉さん」のような視点で可愛がってくれている。
もちろん、仕事に対しては厳しい人だが、それ以上に人情に溢れていて落ち着きもあり、知識も豊富であるうえ、魔法も嗜んでいる。
これ以上完璧な女性がこの世界にいるというのなら、是非会ってみたいものだとさえ思うほどだ。
「あ、リーリャさん、少し相談があるんですが、あとで、いいでしょうか?」
と、ミミは彼女に今の件を相談してみることにした。
「――なるほど……、ね。ミミはその子のことどう見てるの?」
仕事がひと段落着いた頃、リーリャさんが今ならいいわよ、それとも仕事が終わってから聞こうか? と伺いを立ててくれたので、事の
「はい、悪い人ではないと思います。素性も何もわからないので、どんな人か全くわからないんですが――」
「そう、なのね。私もその子を最近よく見かけているけど、同じような感想を持ってるわね。たぶん、彼、グランエリュート大学の学生さんだと思うわ」
「――あ、私もそう思ってたんです。買い物の内容が、他の学生さんたちと同じような感じなので……」
「まあ、取り敢えず、返事をする前に素性を明らかにしてもらう必要があるわね? 自分のことを話せない人なんて、さすがに信用できないでしょう?」
「――はい、私もそれを考えていました。ですが、
「ああ、店やオーナーのことね? それは大丈夫よ、そういう話についてはすでに相談済みだから。オーナーも従業員さんたちの色恋沙汰については店側としてはあくまでも「従業員さんたちの判断に委ねます」と、おっしゃっているわ」
「――!! 色恋沙汰、なんて!」
「まあまあ、落ち着いて、ミミ。あなたがそう思っていなくても相手がそうじゃないとは限らないのよ? まあ、もしもの時は、いろいろと手はあるから、あなたが嫌じゃないなら話だけでも聞いてみたらどう?」
リーリャさんのこの様子だと、それほどの心配はしていないようだ、と、ミミも感じた。ミミ自身、実は彼には前々から興味があったのは事実なので、リーリャさんの見立てを聞いてみたかったというのもある。
「――じゃあ、明日、お名前などを聞いてからお答えすることにします」
とリーリャさんに返しておく。
という訳で、翌日また訪れたその青年とミミは話してみることにしたのだった。
翌日――。
その日のシフトは夕方までだったため、仕事が終わってからということで二人は店のすぐ前にある、小綺麗なカフェで待ち合せることになったのだが……。
青年はその日も昼過ぎ頃に店にやってきて、ミミに昨日の返事をと、声をかけてきた。ミミも、心の準備はしてあったので、まずはお名前を、と聞き返す。
「あ! そうでした! 僕としたことが――。失礼いたしました。僕の名前は、ハンス・エヴァートンと申します。グランエリュート法科大学院の3年です。生まれは――」
「あ、それはあとで聞きます! それよりお話の内容を手短にお願いできますか?」
「あ、そうですね、話の内容……、ですよね。――――」
そう言ったきり、ハンスは少し沈黙してしまった。
明らかに思い悩んでいるのがありありと窺える。
そんなに話しづらい深刻なことなの? と、ミミもハンスの次の言葉をじっと待った。
「――一目ぼれ……」
「え?」
「ミミさん、好きになってしまいました。僕とお付き合いしていただけませんでしょうか?」
店内である。
他のお客様たちも数人がいて、何ごとかと聞き耳を立てていたかもしれない。
ミミは事の重大さに今気が付くと、まさに顔から火が出るほどに上気するのがわかる。
「え!? ええ!? わたし、でも、あの……」
と、答えに窮する。なんと返せばいいのだろうか、もう頭の中が真っ白だ。
「あ! すいません! 突然すぎて、驚かせてしまいましたよね!? ああ! 僕ったら何を言ってるんだ! ああ!」
そう言うと
「ミ、ミミさん、ごめんなさい! 忘れてください! 僕、もう、失礼します!」
と、言うなり振り返って、店の入り口の方へと駆け出し始めようとする。
「あ、ああ! ま、まって! お話、聞きます! だから!」
慌ててミミも大声で呼び止めたのだった。
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