第21話 ルーの疑問(2)
「じゃあ、聞くけど、もしそのお客さんが、その「りんご」を自分の力だけで手に入れようとした場合、どうすればいいと思う?」
と、エルトはルーに問いかける。
「そんなの、自分でそこまで行って買えばいいって話だろ?」
とルーが当然のように返す。
その通りだ。
自分で産地まで行って、そのりんご農園の責任者に売ってほしいと申し入れればいいわけだ。
もしここで、「そこまで行くのに対する時間や旅費の分高くなるだろう?」と考えた方が居るとすれば、半分ほどはそれで正解だ。
しかし、実はその答えだと、とても大きなことを見落としている。
もちろん、その時間や経費の分がお店で買うより高くなるから割りが合わない。だからお店で買う方が、「結果的に安い」から損してても大損にはならないという理論も成り立つ。
が、エルトが言う、大きな見落としというのはそこではない。
「じゃあ、ルーがそのりんご農園の責任者に売ってほしいと申し入れたとして、必ず売ってくれるという保証はどこにあるのさ?」
と、エルトは返した。
「――? そんなの、相手はりんごを売って商売してる人なんだから、買いたいという人には売るのが普通だろ?」
「普通はそうだよね。じゃあ、例えばルーが大切にしていた宝物があったとしよう。それをルーが知らない人がいきなり現れて、売ってほしいと言ったら、ルーはその人に売るかい?」
「そんなの、絶対に売らないにきまってるだろ?」
「どうしてさ?」
「だって、知らないやつなんだろ? いくら金を積まれても宝物を売るのは無理に決まってるだろ?」
「だよね? つまり、りんご農園の責任者からすればその「りんご」が宝物なのさ」
「???」
「りんご農園の人からすれば、そのりんごの価値がもしひどいものだという評判が立ったらどうなると思う?」
「そりゃあ、売れなくなるだろ。だって、そのりんごが美味しくないとか言われたら、買う人は絶対減るはずだからな」
「だよね。つまり、それが宝物だという意味なのさ」
エルトが言っているのはこういう事だ。
その「商品」が誰が買っても、価格に見合うだけの価値を間違いなく持っていると公言してくれる存在が必要だということだ。つまり、そう公言し、その「商品」の価値を「保証」する存在だ。その存在がある限り、その商品の価値は下がることはなく一定以上の価値を維持し続けられるというわけだ。
これを「信用」という。
「そして、その商品に「信用」を付ける存在、それこそが販売店なのさ」
とエルトが言った。
ルーはまだしっくりきていない。
そもそもルーの質問は、「どうして私がお礼を言われるのか」だった。
残念ながら、その答えにはまだ少し足りない気がしている。
つまり、欲しいからと言って売ってくれと言ったところで、相手からしてみれば、敵か味方かわからない人においそれと自分の作っている「商品」を売り渡すわけにはいかない。
もしそれがライバル農園の回し者だったりすれば、在ること無いこと言いふらされて、その「商品」の価値を下げられてしまうかもしれない。つまり、「信用」して売れる相手ではない、ということだ。
だから、間に「店」が入って取り持つことで、その「商品」が確かなものであると「店」がアナウンスしてくれる。そうすれば、生産者は安心して出荷ができるというわけだ。
「――! あ、そうか。それって買う側にも言えることなのか……」
と、ルーは気付く。
エルトの話は「生産者」基準で進められた話だ。が、これをひっくり返せば、買う側も安心して購入することができるということでもある。
「ふふん、ようやく答えに辿り着けそうだね?」
とエルトはニヤリとして見せた。
「――ル―、「ありがとう」はお礼の言葉だというのは君も知っての通りだ。僕はそのお客さんが言う「ありがとう」には二つの意味があると思ってるんだよね」
ふたつ? と、ルーが眉を寄せる。
「うん。一つは、「この商品をここで買えるようにしてくれてありがとう」の「ありがとう」だ。これは、お客さんがわざわざ生産している場所に行かなくても手に入れられることに対しての御礼だ。売り場に至るまでの手配に対しての御礼で、ルーが、配送で来たものを店頭に並べてくれたことに対してのお礼だね」
と、エルトが言う。そして続けて、
「そして、もう一つは、「私に売ってくれてありがとう」の「ありがとう」だ。ルーはお客さんが見るからに怪しい人だと思ったらお店のものを売るとき
確かにルーがこの店で仕事を始めた頃によく言われた記憶がある。
お店に来るのは「お客」だけじゃないのよ、って。
「そして、ルーは店のものを売るとき、無意識でも相手を見定めて売っているということになるのさ。この人に売っても大丈夫、ってお客さんとして対応している。つまり、ルーが売るかどうかを最終的に決めてるんだよ。だから、「私を客と認めてくれてありがとう」の「ありがとう」なのさ」
とエルトは言った。
ルーはようやく自分がなぜ「ありがとう」と言われているのか、分かったような気がした。
「なるほど……。面白い! 面白いぞ、エル! そうかそうゆう事かぁ、商いって面白いもんだな、なあ、エル!」
ルーは「少し」、商いのことに対して理解度が上がったような気がして嬉しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます