第19話 エリュート出版の若き社長エレモア
『雑誌』の編集は、エリュート出版に依頼することにしよう。
これまでも物語や詩歌集などはそこが出版しているのだが、実際、エルトの店に並んでいる書籍はそこの
物語や詩歌集などがこれまでの「書籍」の主であったが、この『雑誌』の誕生で、出版業界は劇的な変化を見せることになるだろう。
おそらくのところ、主役はあっという間にこの『雑誌』へと移るに違いない。
まずは、「観光ガイド」の出版からだ。
観光地がグランエリュートからそれほど遠くない場所であれば、街の人が日帰りで、店の商品を持って行楽に訪れてくれるかもしれない。
『雑誌』というジャンルの書籍が売れるということがわかれば、これからも様々な情報を扱った専門誌が誕生するだろう。が、当面、エルトが欲しいのは「観光ガイド」だ。あとは出版社が知恵を出して模索するといい。雑誌の出版にまで手を回すとさすがに体が幾つあっても足りない。
(餅は餅屋、と言うしな――。この世界にはこの世界に合った雑誌が生まれるはずだ)
と、エルトは考えていた。
レシルアの滝への実地調査のあと、エルトはそのエリュート出版と打ち合わせを重ねた。
冒険者ギルドから上がってくる各種観光地の情報はそれこそ手に余る程の量になっていった。その一つ一つをエルト自身が赴いて確かめることはさすがにできない。
そこはもう、出版社のものに任せることにする。
エルト自身は、第一号の目玉スポットさえ決めてしまえばあとは任せておいていいだろうと思っていた。そして、レシルアの滝は想像以上のものだった。他にもいい場所はあるだろうが、まずはこれに決めて問題ないだろう。
「――という感じで進めていこうと思います。いやぁ、レンド卿のお持ち込みになるお仕事はいつも斬新で、楽しいですね」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、助かります」
と、二人は言葉を交わす。
エルトと、出版社の社長のエレモア・バスティゼンである。
エレモアが「レンド卿」と呼ぶには理由があった。
エルトは「町人」になるにあたって、国王にいくつかの注文を付け加えたのだが、その一つがこのエレモアへの紹介状だ。
つまり、国王直々の紹介状を付与するにあたり、さすがにただの一介の「町人」にあれもこれもとほいほい出すわけにはいかない。
「――じゃによって、そなたは余の縁戚のものとする。と言っても、貴族でもなければ爵位もない。そうじゃな、例えばこういうのはどうじゃ? 余の母の母の妹の婿の兄弟の息子の娘の婚姻相手の妹の子ということでどうじゃ?」
と、レイモンド国王が言った。
自分でももう一度正確に言えるかどうかもわからないぐらい「遠い親戚」にあたることにして、国王を頼ってこの街へ来た、という体裁にするというのだろう。
なので、「レンド卿」、というわけだ。
「――国王、それもう一度言えますか?」
と、エルトがただの思い付きだろうと邪推して言った。
「余の母の母の妹の婿の兄弟の息子の娘の婚姻相手の妹の子、じゃ」
とレイモンドは難なく答えて見せたものだ。
ぐ……。
国王が覚えている限り、自分も覚えなくてはならない。
エルトは頭の中で数回、その姻戚関係を
そこから数日の間、折につけ、それを反芻し返して何とか記憶にとどめることに成功した、というわけだ。
(あの国王、絶対昔にその人と何かあったんだろうな。でなきゃ、こんなややこしい関係が記憶に残るわけない――!)
と、レイモンドの記憶力を恨んだものだ。
まあ、それは置いておいて、今は「雑誌」の話だ。
「『
と、エルトは「写真」の準備も抜かりない。
この世界に「写真」はない。が、「魔法」がある。まあ、いわゆる魔法による「念写」のようなものだ。しかし、この「念写」もその成熟度によっては結構なもので、フルカラーとは行かないまでも、水彩画程度の再現性がある。情景を伝えるにはそれで充分過ぎるほどだ。
「ありがとうございます。さすがに手回しがお速い。では、こちらは記事をまとめて第一稿が上がりましたらまた、お知らせいたします。――この「雑誌」、今から販売がとても楽しみですね」
と、このまだ年若い社長も、とても乗り気だ。
エレモア・バスティゼンは、人間で30代前半と言ったところだ。先代の父の後を継いでつい数年前に社長に就任したのだが、若くして社長になったわりには、なかなかの人物である。
先代はいまもまだ健在であるが、なんでも昔から冒険者にあこがれていたとかで、今は「
このエレモアの才覚に触れた先代が、早々に引退を決意したという触れ込みだが、実のところは自分が仕事から逃れたいだけだったのかもしれない。
とは言え、確かになかなかにやり手の青年実業家であることは間違いない。
エルトも彼の人柄に触れ、書籍関係のことなら彼になんでも相談して間違いないと確信していた。
「ええ、楽しみにしています」
と返し、応接室のソファから腰を浮かせた。
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