第16話 罪を憎んで……


 そのエルトの問いかけに、ジジはまたうつむいた。


「どうだった? 正直に言ってごらん?」

と、エルトが優しく再度問う。


「……わからない。でも、おいしくはなかった、とおもう」

「そうか。ジジは正直な子だね。それはジジが本当はしちゃいけないことをしたってわかってるからだよ」


 エルトはそう言うと、ジジの母親に向き直る。そうして、

「――この子はちゃんとわかっているようですね。だったら話はそれほど難しくはありません。こちらとしてはちゃんとお支払いいただければそれで結構です」

と告げた。


「ああ、ありがとうございます! ちゃんとお支払いは致しますし、この子にもちゃんと言い聞かせますので、どうか――」

「ええ、わかっています。衛兵には告訴しませんよ。ですが、このあと少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「え? あ、はい――、どんなそしりも受ける覚悟でおります」

「そうですか。御心配なさらないでください。少しお話をしたいだけですから。それに、当店の店長にも立ち会ってもらいますので――」


 そう言うとエルトは椅子から立ち上がり、事務所の扉を開けた。

 扉の側には中の様子を気にしている様子でいたリーリャさんがいることはモニターで確認している。


「リーリャさん、ちょっといいですか? あ、ミミは中の子をそっちのイートインコーナーで見ててもらってもいいですか。――ジジ、君はこちらへ……、このお姉さんと少し、そこの椅子に座って待っててもらえるかな。お母さんと少しお話をしたいんだ」

と言って、ミミにジジを任せておいて、事務所の中へまた戻る。


 事務所の中には3人だけになる。

 エルトとリーリャと、ジジの母親だ。


「さて、お母さん。今回のジジの行動は言うまでもなく犯罪です。それは充分にご理解いただいていますよね?」

と、エルトが少々改まって切り出す。ジジの母親はもちろんわかっているという風に神妙な面持ちで頷いた。

「お二人がこれまでも当店をよくご利用いただいているのをこちらの店長のリューレ女史が記憶しておりました。それですぐに判ったのですが……。少し立ち入ったことをお伺いいたしますが、最近ご家庭での生活になにか変化などありましたでしょうか?」

と、エルトが問う。


「――じつは私、最近仕事を始めまして……。近所の飲食店なんですが、少し忙しいお店で、帰りが少し遅くなってしまっているんです。それと今回のことに何か関係があるのでしょうか?」

と、母親が答えた。


 なるほど――。まあ、だいたい思っていた通りだった。


「ジジは児童学校に通っているのですか? そうしたら、家に帰ってきたときには家には誰も?」

「はい、主人も仕事に出ておりまして――。ああ、主人はじつは王城警備をしております。お城勤めですので、帰りは夜遅くになることも多いのです」

「なるほど……。でしたら、行儀作法についてはしっかりとご教育なさっていることでしょう」

「すいません。こんなことを仕出かしておいて言うのもおかしいのですが、あの子、家ではとてもいい子で。今でも私、信じられないんです」


 典型的――といえば、言い方が悪いが、よくある状況といったところか。


 おそらくジジは、幼少のころからそれなりに厳しくしつけされてきている。そして、母親との仲はとてもいい方だ。父親との関係もおそらくそんなに悪くはないだろう。ジジは、父親から叱責されたとしてもそれが当然であることを理解しているだろうし、その叱責も度を越えたものではないに違いない。おそらく、ちゃんと話をして理解させていると推測できる。

 それは、先程の彼女とのやり取りからエルトは確信していた。

 ではどうして「万引き」をしてしまったのか?


 ジジは先程のエルトとのやり取りの中で、「万引き」をした理由を、「次がいつになるかわからない」からと言った。

 おそらくのところ、ジジはお母さんとこの店に来て「ボンバーチョコバー」を買ってもらって食べるのをいつも楽しみにしていたのだろう。


 リーリャさんの話だと、ジジはここに来るたびに必ずそれを買ってもらっていたというのだ。そして、いつも、

「お母さんあとで半分こしようね」

とレジ清算の時に言っていたらしい。


 エルトはそのような事情をすべてジジの母親に話した。そして、最後にこう告げた。


「たぶん、ジジは最近お母さんと買い物に行けてないことが寂しかったのではないでしょうか。でも、おそらく彼女はお母さんのこともお父さんのことも大好きだし、お二人がお仕事を頑張っているのもよく分かってるのでしょう。だから、お買い物に行こうって、言い出せなかったのかもしれません。そうしておもわず、ふらふらとここに来たのでしょう。モニターに映っていたジジの様子から、自分がお金を持っていないことや、お店のものを黙って持ち帰ることがしてはいけないことだというのは充分理解しているのが伺えます。どうかお母さん、ジジとちゃんと話をしてやってください。ちゃんと叱ってあげてください。その上で、ちゃんと彼女の話を聞いてあげてください。たぶん彼女はお母さんとの時間が短くなって、それでも我慢して頑張ったんだと思いますよ?」


 母親は目から涙をあふれさせて、しきりに頭を下げて、謝罪していた。


 こうして、今回の事件は一件落着となった。



「ジジちゃん、またお買い物に来てくれるといいですね」

と、リーリャさんがエルトに言った。

「そうですね――。あのお母さん次第というところでしょうね。彼女がしっかりとジジと向き合うことができれば、二人でここにまた来てくれると思いますが……」

と、エルトが応じる。


 もしそれができなければ、お店ウチへは二度と足を運べないだろう。しっかりと自身の子供に対する責任や自身の至らなさを受け止めることができれば、自ずと自分が次にとらなければならない行動も見えてくるはずだが……。


 そしてこのエルトの心配は取り越し苦労であったことが翌日に明らかになった。

 ジジとその父親そして母親の三人が改めて謝罪に来店したのだ。


「ごめんなさい。もう二度とこんなことはしません……」

 

 そう言って涙したジジであったが、店を出る時にはいつもの「ボンバーチョコバー」を手に、笑顔で帰って行ったのだった。

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