第15話 おいしかったかい?


 問題の事件が発覚してから数日後のこと――。

 果たしてその時が訪れた。

 「万引き犯」が店に再び現れたのである。

 

 おおかた予想していた通り、「彼女」は必ず店に現れると確信していたエルトは、モニターで彼女と一緒に現れた女性を見て、なんとなく「彼女」がどうしてそのような犯罪を犯してしまったのか、分かったような気がした。


 リーリャさんも「彼女」の存在にすぐに気がついて、その二人連れに近づいて声をかけている。エルトはしばらくそのまま店内映像のモニターを見ながら様子を窺った。


 リーリャさんから声をかけられた女性が口に手をやる仕草を取った。おそらくは自分の娘がしでかした事件に驚愕しているのだろう。

 その女性はやや腰を落としたようにふらつきながらも何とか踏み止まり、頭を地面につかんばかりに下げて謝っているようだった。


 リーリャさんが、二人を促して、事務室の方へといざなっている。予定通り、この部屋へ案内しているのだろう。もう数秒後には事務室の扉がノックされるはずだ。


――トントン。


と、2度ノックがされる。


 エルトは勉めて落ち着いた声で、どうぞ、と返す。


 カチャリと扉が開き、リーリャさんが入ってきた。後ろには二人の女性、いや、女性と少女が付き従っている。


「オーナー、お連れ致しました――」

「ええ、見ていました。取り敢えず、お話をさせていただきましょう」

「はい、お願いいたします――」


 そういうとリーリャさんは二人を置いて、店内へと戻ってゆく。



「すいません! 本当に申し訳ございません! まさか、そんな、この子が……」

とその女性が深く頭を下げた。

 少女はただ、おびえたようにうつむいたまま黙っている。


「お母様、ですね? まずは落ち着いてください。これから、娘さんにいくつか質問をします。それから、当時の映像をお見せいたします。その上で、今後のことをご相談したいと思いますが、よろしいですね?」

と、エルトは出来る限りゆっくりと穏やかに話しかける。


「はい、はい、はい、すいません、すいません!」

と、母親はしきりに謝っている。

 しかし、当の少女の方はまだ、うつむいたまま、黙ったままだ。


 

 まあ、いわゆる「子供」だ。人間で言えば、年齢は10歳に成ったか成っていないかというところだろうか。

 実はこういった子供の犯罪というのもそう多くは無いものの、一定数起きることをエルトは知っている。

 そして、その動機というのは様々だが、ただ欲しくて物を取るということは実はそれほど多くは無い。大抵の場合は、故意にというよりは思わず手に取っていたのを忘れて持ち出してしまったという場合がほとんどであるが、こういった場合は通常、親御さんと一緒に店に来店した時に起こることが多く、その場合、親御さんが気付いて返しに来るケースが圧倒的だ。


 しかし、今回のケースは少々事情が違った。


 二人は近所に住む町人の親子だった。母親は、身なりからどこかに勤めているように見える。これまでも何度か二人で来店しているのを見かけていたリーリャさんが、映像を見て特定したのだが、二人とも特に素行が悪いわけではなく、むしろ礼儀正しくおとなしい感じだったため、さすがに不思議に思っている。


――どうしてこんなことをしたのか?


「――まずは、君、名前はなんていうのかな――?」

「……ジジ、です」


 少女は、エルトの問いかけにしっかりと反応して返事をした。大丈夫、怯えてはいるが、自分がしてしまったことはよく理解しているのだろう。


「ジジ、お店のものを持ち出したよね? 覚えているかい?」

とエルトが問うと、その少女ジジは、ただ、こくんと頷いた。

「お代金を払わないで持ち出すと、『泥棒』になるんだけど、それは知ってるかい? ジジ」


 この問いかけにも、こくんと頷いた。


「ジジ! どうして――!」

「あ、お母さん、今は少し黙って聞いていてください。ジジと話をしていますので――。それで、ジジ、何を取ったか言えるかい?」


「――ボンバーチョコバー……」

「そう、だね。じゃあ、これからその時の映像を見せるから、確認してくれるかい?」


 こくんとまたジジは頷いた。


「じゃあ、これから当時の映像をお見せいたします。お母様も一緒に確認してください――。では、画面を見てください。いきます」



 そうして、当日ジジが店に入ってから出てゆくまでの映像を二人に確認してもらった。


「――これは君で間違いないよね、ジジ?」

「はい――」


「ああ……、なんてこと……、どうして……ジジ、どうしてなの――」

と、母親の方は感情を昂らせて落ち着きようがない状況だ。それはそうだろう、さすがに愛娘が人様のものを盗んでいたなんて、どんな親でも信じたくないものだ。


「――。ジジ、これはしてはいけないことだというのはわかっているよね? なのにどうしてこんなことをしたんだい?」

「――――」

「じゃあ、質問を変えようか。ジジはボンバーチョコが好きなのかい?」

「好き――、です」

「そうか。でも、お母さんと一緒に来た時にはいつも買ってもらってるんだろう? どうして次に一緒に買い物に来る時まで待てなかったんだい?」


 ジジは少し躊躇ためらったあと、理由を打ち明けた。

「……わからない、から――」

「わからない? なにがわからないんだい?」

「次」

「ああ、なるほど。次がいつになるかわからなかったってこと、かな?」


 ジジはこくんと頷いた。


「――ところでジジ、そのボンバーチョコバーは食べたのかい?」


 エルトは穏やかに諭すように尋ねる。

 こくんとジジは頷いた。


「そうか。じゃあ、聞くけど、いつもと比べて美味しかったかい? そのボンバーチョコ」

エルトはジジに問いかけた。




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