第10話 オニギリの具材ナンバーワン


「あ~、気持ちいいですねぇ! やっぱり海はいいなぁ。私、海が大好きなんですよ?」

と、リーリャさんが声を上げた。

「海、いいですよねぇ。でも、わたしはやっぱり泳ぐほうが好きかなぁ~」

と応じたのはルグドアあらため、ルーだ。


「でもどうしてこんな時期に海なんだよ、エル。海はやっぱりあったかい時期にこないとだろ?」

と、ルーがエルトに文句を言う。


 今日は3人で、港町のポート・ルイジェに来ていた。

 予定ではリーリャさんと二人だったのだが、ルーもちょうどシフトが終わるからと言ってついていくと聞かなかったのだ。

 それで、仕方なく3人で馬車に揺られて2時間ほどの小旅行となったわけだが、もちろん、ただ海を見に来たわけではない。


「遊びに来てるんじゃないんだぞ、ルー。今日はこの町の漁協に用事があるんだよ。前にお願いしておいたものが出来上がったからと報告が来たんだ。仕事だって言っただろう」

と、エルトが返す。


 実は前々からお願いしておいたあるものが完成したから見に来てくれという連絡が今日の午前中に来たため、昼過ぎに、店がある王都グランエリュートを出てきたというわけだ。


「エル、私お腹すいた~」

「はぁ? お前さっき馬車の中で携帯食料ベントー食べてただろ? しかも二つも!」

「育ち盛りの女子にはあんなもんじゃ足りないんだよ、なんか食べるものないのか?」

「仕方ないやつだなぁ、もう少し我慢しろ。これから行くところでどうせ試食することになるから――」


 と、適当に流しつつエルトは海岸線を港の方角へと進んでゆく。

 リーリャもエルトの後について歩き出す。


「試食、ですか? 何か新商品の試食ですよね? でも、お店ウチで扱うものでしたら、魚介類などの生ものは難しいんじゃないですか?」

「はい。ですから今日は生ものじゃありません。この間お話ししていた、「握り飯オニギリ」の具材ですよ」

「「握り飯オニギリ」の具材、ですか? こんな港町で?」

「はい。――うまくいってくれればウチの主力商品になるはずなんですが……、どうでしょうね」


 

 漁協の建物に入った3人を見て声を上げたのはこの漁協の会長とこの港の生産業者組合長の二人だった。二人とも人間の商人で、年齢はそこそこのおじさんたちだ。


「ああ、エルトさん。わざわざお越しいただいて、ありがとうございます。いつもながら行動が早いですね?」

とは会長さんだ。

「エルトさんに言われた通りやってみたんだが、うまくいけてるかどうか……」

とは生産業者の組合長さんだ。


 リーリャが、そう言いながら組合長が指し示したものに視線を移すと、そこには白く変色した何かが器に入れられて置いてある。ガラスの器のようなものに入れた黄味がかった液体に漬けてあるという感じだ。


「これって――」

「ええ、魚ですよ。魚をオイルで煮込んだものです」

「なにぃ? 魚をオイルでだって? 魚は新鮮なものを生で食べるのが普通ろう?」

と、リーリャさんに応えたエルトにルーがすかさず突っ込みを入れた。


 エルトは、ルーの言葉遣いがに戻っていることをたしなめるためにルーをキッとにらんでおいて、先を続ける。


「ああ、ありがとうございます。これは、マーグオですね?」


 エルトは、ドロッとしたオイルが絡んでいるため、それをしっかりと落としたうえで、魚の切れ端を別に用意されていたお皿に取り出した。

 そうして、箸を使って身をほぐしてみる。

 魚の身はほろほろと崩れるようにバラバラになる。


「こんなにバラバラに……」

と、リーリャはじめ周りの4人がその様子に見入る。


「さてと、取り敢えずつまんでみますか――」

そう言うなりエルトは指先で一摘ひとつまみすると、ひょいと口の中にほうり込んだ。マーグオならそれほど臭みは感じない。それに、オイルは植物性のものでとお願いしておいたため、うまく魚独特の臭みも消してくれている。


――ツナだ!!


 と、エルトは舞い上がりたくなった。が、なんとか抑えつつ、その感動と一緒に「ツナ」を噛みしめる。

 噛めば噛むほどに魚の風味が蘇り、味わいも増してゆく。もちろん、オイルの他にも塩やハーブも少し加えているから、充分においしい。


「わたしも――いいですか?」

「あ、わたしもわたしも!」

リーリャさんとルーも、エルトの様子を見て安心したのか、挑戦の意欲がわいてきたようだ。


 二人も同じように指先でつまむと、意を決したように口の中へ放り込んだ――。


「――――! これは……」

「ん? ん――! おいしいぞ、エル!」


 どうやら二人にも受け入れられたようだ。だが、ここで終わるエルトではない。

 組合長さんに対して目で合図をすると、すぐにを差し出してくれた。


――そうそう、これこれ!


 と、湧き上がる懐かしさを抑えながらも、その容器の中のものを、どばっと一気に「ツナ」にかける。


「あ! なにを!」

リーリャさんが思わず声を上げる。折角の美味しいものにいったい何をするつもりかと嗜めるように。


「大丈夫、これで、よし、と――」

エルトは構わずその容器からかけたものと「ツナ」を、ぐにゅぐにゅと混ぜ合わせた。

 そうして、また指で一摘まみすると、それを口へとほうりこむ。


「ん~~~~~! これこれ! これが欲しかったんだよ!」


 エルトの様子にたまらなくなったリーリャとルーもそれに従う。


「わぁ! さっきよりさらに風味が増して濃厚に!」

「これは――! すごい! すごいですよ、オーナー!」

ルーがまず叫ぶ。そして続いてリーリャさんも目を丸くして叫んだ。  


 どうやら、大成功のようだ。そう、「ツナマヨ」の試作品の完成だ。


「もしかして、これが「握り飯オニギリ」の具材、ですか!?」

と、さすがはリーリャさん、すぐにエルトの思惑を見抜いて見せる。


「ええ、もう少し調整は必要でしょうが、近いうちにお店に並べられそうですね」

と、エルトは満足げに微笑んだ。

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