第8話 エルト、(元)魔王を養う?


「それで? 具体的には何をすればいいんだい?」

とエルトが問う。

 協力しろと言われたところでできることならまだしも、できないことを言われたらたまったものではない。

 

 魔法というのは魔素(魔力)を現象に具現化する術式である。

 エルトが魔王ルグドア戦で放った【絶・魔封陣アルティメット・シーリング】という術式には大量の魔力が必要であり、発動させるにも相当の時間を費やした。

 現在のエルトにはあの時ほどの魔力は充填されていない。


 というのも、現実生活においてはそれでも充分な魔法が使えるし、なんと言ってもエルトは『漆黒の魔術師』だ。人より少量の魔力でもうまく活用する技術を持っているからそれほど充填の必要が無いのも事実だ。


「僕はあの時ほどの魔法はしばらくは使えないよ?」

と付け加えておく。


 ルグドアはその答えを聞いても特に動じない。

「おまえ、わしをあなどるのも大概にせぃよ? わしは魔王ルグドアじゃぞ? お前の現在の魔力など見ればわかるわ。それに、そんなにすぐに充填できる奴がいるなら、わしの存在など必要ないじゃろう。そやつがわしの代わりをやればよいのじゃからの」

と言って、ため息をつく。


「じゃあ、僕に何ができるというんだよ?」

「解呪、じゃ」

「あ――」

「はぁ……。おまえ、本当に魔術師か? あの魔法は封印という呪詛じゅそ魔法じゃろうが? 呪詛魔法はその呪詛を施した者にしか基本的には解呪できん。別のものが施術するには原術師の数十倍以上の魔力が必要じゃ。今のわしにはそれほどの魔力は残っておらん。それに、お前の封印のせいで魔力の充填にとてつもない制限が掛かっておる。自分で解呪するにはさすがに時間が掛かりすぎるのじゃ。それほどの時間の猶予はさすがにないぞ?」


 ルグドアの言う『時間の猶予がない』というのは人類破滅までという意味なのは明らかだ。

 なるほど、ルグドアのいうことには「道理」が通っている。しかし、エルトはそれを見落としていた。いや、「考えていなかった」のだ。


 エルトの表情が徐々に青ざめる。


「――ん? どうした? なんじゃか、気がしぼんでおるぞ?」

「――ない……」

「ん? 今何と言った、聞こえなかったぞ?」

「――知らない」

「???」

「ごめん、ルグドア、僕、あの魔法の解呪魔法は知らないんだよ」


「なんじゃとぉ! お前それでも魔術師の端くれか! 己が施した呪詛魔法の解き方を知らんとはどういう事じゃ!?」

「だって、よく考えてみてよ! 魔王を封印すれば世界が救われるんだから、それを解呪する必要なんて考えないだろ!? それに、あの術式は、旅の途中で手に入れたものだ。その辺の魔法大学アカデミーで学べるものじゃないんだぞ?」

「くぅ! この、めがぁ!」

「う、うるさい! お前が戻ってきて解呪してくれなんて言う未来、僕に予測なんてできるか!」


 二人がテーブルを挟んで立ち上がって睨み合う。


 先に座ったのは、ルグドアの方だった。

「――はぁ。まあ、まだ手はある。いずれにせよ、お前に解いてもらう方が時間的には短く済むのは事実じゃ。問題はお前の寿命の方じゃの――」

「僕の寿命?」

「おまえ、人間じゃろう? 人間の寿命はせいぜい100といったところじゃ。お前今幾つじゃ?」

「22だけど?」

「つまりあと80年弱じゃな。その間に解呪魔法を見つけて必要魔力を充填して解呪魔法を成功させねばならん、ということじゃ」

「はぁ。え? ええぇぇっ!? 僕が生涯かけてお前の解呪をしないといけないっての?」

「早く見つかることを祈るのじゃな。さもないと人類は滅びることになるぞ?」

「な!? なんだよそれ!? 僕のせいだって?」

「そりゃそうじゃろう? この術式をわしにかけたのはお前なのじゃから――。事の顛末てんまつなど人類はすぐに忘れよる。わしのことのようにな。そのうち、魔族を統制していた世界の守護者が封じられたことでこの世は混沌の世界になったと言われよう。そしてその守護者を封じたのがお前じゃ――、全人類の「ヘイト」がお前に向くのは容易に想像できると言うものじゃ」


 エルトは、力なく椅子に座り込んだ。

 確かにルグドアの言う通りだ。こいつ、伊達に長い時間生きてない。

 

「しかしお前は幸運じゃ! なかなかに強運の持ち主かもしれぬぞ?」

「はぁ? なにが幸運だって言うんだよ――。現状、最悪な状況じゃないか」

「そうでもない」


 エルトが顔を上げると、ルグドアが明るい表情で笑っている。

 数千年以上を生きてきた存在とは思えない、そのあどけない笑顔にエルトはすこし気持ちが和らぐのを感じた。


「わしがここにおるではないか。何とか踏み止まり、この世界に舞い戻ることができた。わしが次元の彼方に吹き飛ばされておれば、それこそもう望みはなかったところじゃ――。じゃから、お前は幸運じゃ」


 なるほど、そう言われればそうとも思える。可能性が残っている以上、不可能なことではない。

 ん?

 ここにいる? いや、待て! ここにいるとはどういう――?


「――と言うわけで、しばらくの間ここで世話になる。わしの面倒を見よ、『』」

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