第7話 魔王の存在意義とエルトの功罪


 その少女が魔王ルグドアであるという確証を得るまではそれほどの時間はかからなかった。


 それは当然だ。

 あの戦闘のやり取りの一部始終を知っているものは、エルトたち勇者パーティの4人と、当の竜魔王ルグドアだけしかいないのだから。


「――わかったよ。君がルグドアだということが本当なのはわかった。でも、元の姿に戻るために僕の力が必要っていうのはよくわからないけど、いったいどういうことなんだよ?」

と、エルトは少女ルグドアに問いかける。


「お前のあの「封印」魔法によって、わしのまとっておった魔力が吹き飛んだのはお前も見てたであろう? あの反動でわしも次元のかなたまで飛ばされそうになったのじゃが、最後の力を振り絞ってかろうじてこの世界に踏みとどまったのじゃ。それゆえ今はわしの幼少期の姿に戻ってしまった。お前たち人族どもが考えていたことは単純すぎる。わしを倒せば世界に対する魔族の脅威は削がれると考えたであろう?」

と、ルグドアはエルトに逆に問い返した。


 エルトが聞いていた話だと、まさしくそんな感じだ。

 そもそもこの世界に魔族が現れたのは、魔王が誕生したからであって、その魔王が魔族を操って人族世界への侵攻をもくろんでいる。このままでは魔族に人族の世界が侵食され、そのうち人族はその生きる場所を失ってしまうから、魔王を倒さなければならない。

 というのが、勇者たち3人がエルトに話した内容だったと記憶している。


「――であればじゃ。どうして今もなお、魔獣や魔物が存在しておるのじゃ。確かに、わし、いや、かつてのわし、竜魔王ルグドアの消滅によって、魔族の統制は弱まったであろう。組織的な行動や大規模な魔王軍のようなものは壊滅している。じゃが、いまもなお魔獣や魔物は消滅しておらぬ」


 たしかにルグドアの言うとおりだ。

 ルグドアが消滅した後も、魔獣や魔物は相変わらず存在しており、それに対しては冒険者ギルドや王国軍が対応している。


「――つまり、魔族の破滅のために魔王を倒しても、それは起こらないということ?」

と、エルトがルグドアに質問した。


「お前が吹き飛ばしたわしがかき集めた魔力、いや、魔素はいったいどこから生まれたものじゃと思うておる」

「それは――魔王が放出しているから魔族が生まれたんじゃ――?」

「はぁ、やはりな――。そんなことじゃろうと思うておったわ。わしが魔王になってから数千年も時を経ると、そういう誤解も生じるというもの。人族の伝承など、たかがその程度のものであろう――」

「え? ちがうの?」


「逆じゃ」

「逆?」

「そもそも魔素は人族から生まれたものじゃ。それをわしが掻き集めておった。魔素というものは厄介なものでな。ある一定量以上、人の体内に宿ると、精神を蝕んでゆく――」


 ルグドアの話によるとこういうことだ。


 そもそも人族というのは非常に「不安定な存在」なのだという。

 人をうらやみ、人を嫌い、人を避ける。

 こういった感情の大元は基本的に人の心の弱さからくるものだ。自分の存在を認めてほしいという欲求は、人が人であるがゆえに持つ根本的な欲求である。そして、それが人である所以ともいえる。

 しかし、その反面、自分に不安を与える他人に対して忌避する傾向もある。それこそが魔素の根源となるというのだ。


「避けたり、嫌ったりしているうちはまだいい。それはある意味防衛本能からくる正常な反応じゃ。しかし、これが高じると、ついには人に危害を加えるものが現れる。それは、物理的な行動、つまり、人を傷つけたり殺めたりということもあるが、精神的や金銭的、政治的、あるいは性的に貶めるという行動をとる場合もあるであろう。人を騙したり、盗んだり、強姦したりという具合にな」


 ここまで聞くと、さもありなんとも思える。

 実際、魔王を倒した後もそういった人による犯罪は起こっているし、この世界ではいまだに勢力争いや国家間戦闘を行っている場所もないわけではない。


「――ちょっと待ってくれ。その魔力、いや魔素を掻き集めていたのが君だといったよね? じゃあ、今はどうなってるんだ?」

「知れたこと、掻き集める者がおらんようになったのじゃから、どんどん溜まるべきところに溜まるじゃろうの」

「それは、魔物? ってこと?」

「あ奴らはそもそもその器が大したことないものばかりじゃ。それほど多くの魔素をため込むことはできん。そもそも魔獣や魔物など、野獣と大して何も変わらんものばかりじゃ」

「――じゃあ、どこに溜まるのさ?」

「少しは頭を使って考えたらどうじゃ? これまでの話を勘案すれば自ずと答えは出よう」


 エルトはその可能性を言及したくはなかった。

 そうだ、言われるまでもない。わかっている。ここまでの話を考えればその可能性を否定することは難しいと言わざるを得ない。


「やっぱり、人なんだね――」

と、エルトは吐き出すように呟いた。


「お前、わかっとったじゃろう? そういうことぞ」

とルグドアは答えた。

「じゃが、安心せい。そんなにすぐに破滅に至ることはない。あの魔素というものは悠久の時を経て増大してゆくものじゃ。人の破滅が確定するまでにわしが復活すれば破滅へのカウントダウンは止めれよう。じゃから、お前の協力が必要なのじゃ。よいか? お前の為したることが原因となっておるのじゃ、よもや、嫌とは言わせぬぞ?」


 どうやら、エルトに選択権はないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る