第4話 新商品、開発!


携帯食料ベントーは本当によく売れているね。そもそも冒険者たちって作戦行動中に食事を摂ることが難しいんだよ。これまでだと、かたパンや干し肉といったものしか食べれなかったから――」


 エルトが店舗の商品別売上動向表を見て言った。


「はい。冒険者様方のお声をよく頂きますが、皆さま、内容にとても満足されている様子です」

と答えたのはリーリャだ。


「それで、一つ提案なんだけど、この携帯食料に続く新しい商品を考えているんだよ。握り飯オニギリと言うものなんだけど、リーリャさんの意見が聞きたいんだ」

と言って、エルトが商品規格書をリーリャに手渡した。


「これは――。米、ですか?」

「うん、米に塩を付けて握ったものだよ。今のところはただ握っただけのものだけど――」

「これって、この米の中に何か入れて一緒に握ったりできますか?」

「え? どうしてそれを――」

「たとえば、ハンバーグとか、チキンとか――」


 ――なるほど。

 と、エルトは思った。


 確かに、ハンバーグやフライドチキンを中に入れるという発想はこの世界らしさかもしれない。

 もちろんエルトもそれは考えていた。だが、基本的に米とそう言った洋食系具材の相性はあまりよくない。

 向こうの世界でもそれはあった。が、結局「定番具材」の方がはるかに売れるのも事実だ。『ツナマヨある一つ』を除いてだけど――。


「リーリャさん、とてもいい案だね。中に入れるものは今後の課題として考えることにしよう。問題は、この形態の携帯食料が需要があるかってことなんだけど――」

「オーナー! これは、すごいです! 絶対ヒット間違いなしですよ!」

「あ、ああ、そう? いけそうかな?」

「絶対売れます! いえ、!」


 リーリャさんの目が零れ落ちそうなぐらい大きく見開かれて、キラキラと輝いている。エルフ族の彼女の瞳の美しさは言わずもがなだが、今目の前にいる彼女の瞳が美しいのは、そこに意欲がにじみ出ているからだろう。


「――実は、冒険者さま方からのお声に、もう少し手軽に食べられる携帯食料ベントーがあればいいのになというお声がありまして、それに完璧にマッチしてます。すごいですね、こんなこと思いつかなかったですよ」


 それはこの世界の食糧事情からみて致し方ないところだとは思う。

 この世界において食事と言えば、肉、魚、乳、野菜が主食だ。穀物の食事に占める割合はかなり低い。かろうじてパンがあるが、それも、主食の口直し程度に間に挟むぐらいで主食ではない。  

 

 実は、携帯食料ベントーが当たるかどうかはエルトは半信半疑だった。

 今販売している携帯食料ベントーは、米飯とおかずのセットになっているもので、15センチ四方の立方体の小箱に詰め込んであるものだ。

 冒険者たちが荷物を持ち歩く際、背負い袋ナップザックを装備するのが一般的なのだが、そこに入れて動けばある程度中のものも動くわけで、綺麗に盛り付けていてもバラバラになってしまう。なので、動いても型崩れしないように、サイコロ型の容器にしっかりと隙間なく詰め込んであるのだ。

 容器は木製のもので、それ程分厚ぶあつくはないが、多少動いたぐらいでつぶれるほど弱いものではない。食べたあとは、燃やして処分してもらうように注意書きが記されている。魔法の存在するこの世界では焼却処分はそれほど難易度が高いことではない。

 

 この世界にはまだ樹脂素材プラスティックの技術はない。まあ、それが必要かどうかは置いておいて、エルト自身はとくに必要を感じてはいなかった。


(あれは、資源問題やごみ問題につながるから、無いなら無いでいいと思うんだよな――)


 で、その携帯食料ベントーが売れるかどうか半信半疑だった理由の一つが、「米」だった。

 先程も述べた通り、この世界の主食として穀物の割合は低い。まずはそこにマッチするかが課題だった。


 だが、結果から見て、この点はクリアできていると言っていいだろう。

 街中の生活にあっては米食文化が根付くまでには相当の時間が掛かるかもしれないが、野外行動する冒険者たちは保存の利く食材を好む傾向が強い。その上でなお、空腹が満たされるのであれば上々だ。


(干し肉もよく食べたけど、あれ、お腹が満たされるというところまでは行かなかったんだよな。パンは嵩張かさばるからあまり多く持ち運べないし。米飯文化は案外冒険者向けかもしれないと思ってたんだけど、どうやらうまく行ってる感じだ)


 おそらくのところ、そのうち生米なまごめの販売も始めることになるだろう。米は少量でも持ち運べるし、炊飯できるようになれば、量も充分になる。


(まあ、その布石でもあるのが携帯食料ベントーなんだけどね――)


「――でも、米なんて食材、よくご存じでしたね? はっきり言って私でも聞いたことがあるぐらいで見たことはなかったんですよ?」

とリーリャさんがエルトに尋ねた。

「ははは、実は情報をくれたが居てね。そのを伝ってある農場と専売契約を結んだんだよ。それで安定して米が手に入るんだ」

と、答えておく。


 実は、この米を探すのには随分と手間取った。米を見つけたのは勇者パーティに入ってから3年目のことだった。それほどこの世界での米はマイナー食材だったのだ。


 見つけるとすぐに、そこの農家に大金を渡して、水田を作ってくれと頼み込んだものだ。なんせ、米の収穫は1年に一回しかできないのだから。


 

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