僕を大人にして

@kuribayashu

第1話

「ねぇ、中ってなんぼ?」

「二万です」

「いいね、最高」

奥にある天井を見ていた

「あぁ」

吐息がきこえる

無味無臭の世界


ラブホテルを出た

男は最後まで手を繋いでいた

何も思わなかった

「手、つなぐだけで五千円ですよ」

「払うよ、若くてかわいい子はそれだけで価値があんねんから」

「もったいないですね」

久しぶりの正直な言葉だった

「暑い」

丈の長いダウンコートを脱いだ

男は得意げに私の左手から受け取る

「いいですよ持てますから」

「ええねん、楽しかったから。またよろしくな」

そそくさと財布から一万円札を何枚か出して渡してきた

「ありがとうございます、またよろしくお願いします」

「なあ、そろそろ敬語やめへん」

「敬語じゃなきゃ喋れないんですよ。家族と喋る時も敬語ですし」

「なんやねんそれ笑笑」

沈黙

次に話す話題が思い浮かばなかった

渡された5枚の紙切れをゆっくりと財布に入れる

「また会いましょう」

自然に笑う

我ながら上手いと思った

一番かわいい笑顔

好かれる私

天使に似た悪魔の顔

「ほな駅まで送ってくよ」

「大丈夫ですよ。家、ここから近いんで」

「そうなん、ほなじゃあ逆やね。バイバイ、ありがとね」

手を振ってる

朝の通勤ラッシュ

また笑顔にならなきゃ

今度は上手くできなかった

引き攣った顔で言った

「バイバイ」


下を向いた

くたびれた制服とシワだらけのローファーが映る

誰の身体だろ?

ドラムの破裂音が聞こえる

壊れてほしかった

消えてほしかった

この街は私よりもずっと汚れてる

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