第5話 この世界を分析せよ その1

 父上から衝撃的な話を聞いた俺は、父上が帰ってくるまで、頭を整理するためにも、父の書斎にこもる事にした。勿論、出がけに了解は取ってある。


(はぁ? 魔王の復活……だって?)


 マジで、会社の編集部時代にそんな設定を聞いていたら、「どいつもこいつもすぐに、安直に魔王を復活させやがって」と、悪態をついて、鼻で笑っていたに違いない。


 というか今、まさに俺は鼻で笑っていたしな。


(うーん、普通に考えれば、これが滅びの元凶である可能性は高いよな。でも、そうとも限らないのか……)


 俺は、改めてこの世界を分析する為に、とある日の事を思い出していた。





 ――4年前のある日。


 エフィリアが産まれたばかりくらいの頃、ようやく流ちょうに言葉を発せられるようになった俺は、一人部屋に籠って、ある試みを試していた。


「……まずはこの辺りからか」


 手を前に軽く出して俺は叫んだ。


「ステータス、オープン!」


 ……うん。出ない。まあ念のため、別のパターンも試してみよう。


「ウィンドウ、オープン!」

「システムメッセージ!」

「ヘルプ!」

「チュートリアル!」


 ……うん。どれもこれもうんともすんとも言わない。

 ということは、あの謎にゲーム設定が組み込まれた系の異世界ではないようだ。


(となると、次は……。)


火球ファイアーボール!!」

岩石弾ストーンバレット!!」

万能最強魔法メギ○ラオン!!」

竜破斬〇ラグスレイブ!!」


 ……くっ。何も起こらないと、これ、地味に恥ずかしいな。


 しかし、そうも言ってられない。これは必要な実験なのだ。今度は適当に詠唱付きで言ってみる。


「大いなる力の源よ、その力もて我が敵を焼き尽くせ! 火球ファイアーボール!!」


 ……。


 よし。やはりこの世界に魔法は無い、と。

 そして死ぬほど恥ずかしい、と。

 なんだ? 大いなる力の源って。自分で言っておいてなんだけど。


 はっ!?

 俺は慌てて、入口の扉を確認した。

 ……ふう、良かった、誰もいない。


 だいたい、こういう恥ずかしいプレイ中に誰かに覗かれているパターンは、テンプレである。

 なんてったって作中に、足を滑らせてしまい、男女が絡まって倒れ、ラッキースケベやラッキー接吻が行われた際に、誰かに目撃される確率は、七割を超えてくる(俺調べ)のだから!

 きちんと立てたフラグはへし折っておかなくては。


 はあ、にしても、さっきので火の玉がぼわっと出たりしたらさぞ気持ちいいんだろうなあ。

 ちょっとはサービスしてくれよ、『大いなる力の源』さん。


 まあでも、なんとなくは分かっていた。

 産まれてからこの方、魔力とかマナとか、なんかそう言うたぐいの不思議な力を感じたことは無いし、父上や母上の会話にも登場したことは無かった。


 ファンタジー世界だからって、先走って「偉大な魔法使いになりたいです!」とか言わなくて良かった。

 あ、でも、幼児向けのおとぎ話には、魔法とか魔王とか勇者とか聖女とか、そう言った類のものは結構あったから、それに影響されたと誤解してくれそうではあるか。なにせまだ3歳児だし。


 よし、気を取り直して次だ。


「スキル! 肉体強化!」

「スキル! 跳躍!」

眷族けんぞく召喚!」

悪食あくじき!」

「孤線のプロフェッサー!」

「無想転生!」

「スタァーバァストォーストリィーム!」


 ……片っ端から思いつく限り、叫んでは見たが、どれもこれも1ミクロンの変化も起こらない。

 まあ、ステータスが無い時点でお察しではあったが。

 しかし、正直これは良かった。ステータスやスキルはご都合主義なチートを作れる分、こちらが詰む可能性も高い。


 ステータス表示ありの異世界転生モノでは、例えばレベル1の主人公が、敵の攻撃を「くそー!」とか言って根性▪▪で避ける、みたいな描写がたまにある。しかし、恐らく実際のルールに基づけば、ああ言うのはあり得ない。回避『0』の主人公では、命中『10』の敵の攻撃は『絶対に避けられない』のだから。

 それに、「即死100%」とか、「石化100%」とか、あとは最悪自分より強い敵にエンカウントして、その相手が「逃亡不可」なんて持ってたらもう出会った時点で詰む。


 ひとまずそう言ったことは無さそうである。


(はあ、なんてこった)


 しかしながら、折角異世界転生を果たしたんだから、才能の有無は置いておいても、せめて魔法はあって欲しかったぞ。正直。

 全く、この世界を創った奴はマジで何を考えてんだよ。


 その日は、落ち込むと同時に気分が何か萎えてしまい、ぼーっとベッドに横たわって一日を過ごしてしまった。




 ……そう。


 あの日の事を思い出して、俺は思った。

 ここは中世からちょっと発展した、ただのファンタジー世界なのだと思った。それだけだった。


 レベルもステータスもスキルも魔法も無い。ゴブリンやオークなど、魔物みたいな存在はいるみたいだが、森や山岳地帯の奥深くにまで行かなければそうそう出くわすことは無いらしい。そもそも、この世界ではそれらは魔物と言うよりも、熊や狼に近い扱いだ。


 そこにまさかの「魔王が復活」ときた。


 この世界には魔法は無い。重火器も無い。あるのは剣や、槍、弓だけだ。

 魔王とやらがどれほどの存在かは分からないが、この世界が誰かの作品を元に作られた世界、あるいはそれを参考にした世界だとするならば、チート級の強さであることは間違いない。

 「魔女」でも「大賢者」でも「大魔導士」でもなく、「魔王」なのだ。

 明らかにその呼称は「人間と敵対するために作られた『最強の敵』の呼称」であるのだから。


 そんな奴相手に、魔法も無しでどうやって勝てってんだよ。


 単純に無理ゲー世界なのでは?


 そうも思ったが、その線はどうやら薄そうである。


 一つ。この世界は、明らかに、人間にとって住みやすい、何かによって意図的に作られた、ご都合主義の歪んだ世界▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪だからだ。



 例えば、トイレ。


 ヨーロッパでは19世紀まで下水の整備は無く、オマルで用を足し、それを貯めておく場所に捨てていた。

 だんだん面倒になった人々は、窓から糞尿を投げ捨て、それを踏まないようにハイヒールが、被らないようにシルクハットが出来た、と言うのは有名な話だ。

 しかしこの世界では、文明レベルはせいぜい中世後半のはずなのに、下水が整備されている。

 勿論、21世紀の日本ほどのものではないが、小さな水路のようなものが、臭いを抑えるようにふたをされた状態で設置されている。まあ、それも、貴族や商家の屋敷、それと街の中心部の商店くらいで、農村部やその民家にまで行き届いているわけでは無いが。



 次に、灯り。


 街のあちこちに建てられた街灯には、「蓄光灯石ちっこうとうせき」なる物体が置かれており、昼間にため込んだ光を、夜に発光する仕組みになっている。

 そのおかげで、どの街道も、下手したら日本のド田舎の県道なんかよりよっぽど明るくなっている。

 これもこの世界特有の物体だ。

 いや、つーか、こんなもんが地球にあったら大変だわ! SDGsの名のもとに採り尽くされるのは明白である。



 更に、紙。


 紙の歴史は古いが、木材パルプでの製紙製造が始まるのは、確か地球でも19世紀である。

 なのに、植物繊維の手漉てすきで作られているようだが、そこまで遜色そんしょくの無いものが、ある程度市場に出回るほどには大量生産されている。

 これはかなり都合が良い設定であった。


 そしてその中でも俺が特に気になったのは……少し前にも触れたが、衣装と髪だ。


 ミューのメイド服然り、母上やエファのドレス然りだが。何というか、その、野暮ったくない、というか、デザインが洗練されている、というか。


 つまり、可愛いのだ、とても。


 そう、まるで『地球にあった異世界ファンタジー作品』の様に。


 ああいう衣装は、その世界のTPO、というか用途に即して作られているわけでは無い。

 では何のためのデザインかと言えば、勿論『商品化』の為である。


 一年くらい前に、一度、父上に王都に連れて行ってもらったのだけれど、あれには度肝を抜かれた。

 王宮の女騎士の皆様の衣装を見たときの事だ。

 なんと、青と白の鮮やかな軍服風の上着と、白地に青のラインの入ったプリーツミニスカート。足元は少しヒールの入った白のロングブーツだ。

 騎士だよね? マーチングバンド女子じゃないよね?


 会社時代、良く思ったものである。リアルに、こんな格好だったら、色々大変だよな、と。

 いや、だって剣を一振りするたびにパンツ見えるだろ、どう考えても。

 アニメならその一瞬の作画と、謎の光でどうとでもなるけどさ。こちとら現実だっちゅーの!


 実際ほとんどの異世界転生作品に登場する女性キャラクターは、冒険者だろうが、騎士だろうが、かなりの割合でドレス系のワンピースかミニスカートだ。

 というか、ファンタジー作品に限らず、戦う女の子たちのキャラデザインのほとんどは、魔法少女を筆頭にスカート姿である。アニメに登場する女子高生の制服が、何故かほとんどミニスカートなのと近いかもしれない。


 しかしそれも当然である。

 フィギュアやコミカライズ、コスプレイヤーさんの事を考えると、衣装はより可愛らしく、凛々しく、華美であったほうが良い。その方が絶対に、消費者が喜ぶからだ。

 生前の俺の立場としては「可愛くて売れるなら、当然そうすべき」だった。まぁ、会社員だからね。


 髪の毛の色についてもそうだ。


 日本のアイドルアニメのカラフルさをみれば分かると思うが、実際にあんな色が地毛の日本人は居ない。あれは、あくまでも可愛く見せるための都合だ。


 そして、この世界でも、俺の青髪、エフィリアの黄色に近い金髪、ミューのピンク髪と、非常にバリエーションに富んだいでたちである。

 つまり、この世界の衣装も髪も、そういう設定がなされている、というわけだ。


 付け加えれば、この世界の一年は地球と同様に、12カ月設定の365日。季節も日本のように四季に分かれている。


 まあ、つまるところ、この世界は、概ね地球で考えられたものをベースにして、意図的▪▪▪に異世界ファンタジーの良いとこ取り▪▪▪▪▪▪がされているわけだ。



 ……「魔王の復活」の話に戻そう。


 そう。父上は魔王の「復活▪▪」と言った。


 魔王が初登場の存在なら、そもそも父上が知っているハズは無いし。復活とうたわれている以上、過去にも現れて、そして倒されている、と。そういう訳だ。


 本来であれば、レベルや魔法やスキルがあって、魔王を倒せる仕様になっているRPG的ご都合主義が存在しているハズなのだが、今のところそれらしいものは無い。

 しかし、きっと代わりになるものがあるはずなのだ。


 そういう訳で、ここはそんなご都合主義設定が取り入れられた歪んだ世界なわけだから、当然、魔王が出てきて、蹂躙されて、滅ぼされる無理ゲーのはずがないわけだ。

 もちろん、毎回ギリギリの戦いをしていればいつかは滅ぶ。そうなれば、今のこの世界はジリ貧であるわけで、やはり魔王が『俺がブレイクすべきルール』である可能性が最も高い事は変わりないが。


(まあ、なんにせよ、父上の話を聞いてみて、だけどな)


「ふう」


 コンコン。


 俺が、この世界の分析について思考をまとめて、ため息をついた時、書斎の扉がノックされた。

 そして俺が返事と入室許可を返すと、その扉が開かれた。


「あにうえさまぁ〜」

「エフィリア様、坊ちゃまは今、ご本を読んでいらっしゃるので、邪魔してはいけませんよ」


 天使と美少女メイドさん、いらっしゃい。


「いや、構わないよ、少し休憩しようと思ってたんだ」

「そうでしたか」

「折角だ、皆で少し話でもしながら、お茶しないか?」

「畏まりました、ではご用意いたしますね」


 そう言って、ミューは、エフィリアをこの場に残して踵を返そうとした。


「ミュー、皆でお茶するんだからね。お菓子も、お茶も、三人分だよ」

「え、でも……」


 やっぱりか。俺とエフィリアの分だけを用意して、自分はずっとそばで立っているつもりだったのだろう。使用人の鏡、なのだろうけど、正直落ち着かない。

 うん、数多の異世界転生主人公たちが、使用人やメイドに優しかった、その理由が今身にしみてわかるよ。


「今日は君の話も聞きたいからね、本日ミューには、使用人じゃなくて、家族として、お茶のお相手を頼みたいな。メイド長には、そう命じられた、と、僕の名前を出して構わない」

「は、はい。畏まりました、坊ちゃん」


 そうして、ミューは少し嬉しそうに、小走りで駆けて行った。

 本当に良い子だ。


 ミューは孤児院出身だった。


 辺境伯領では孤児院が充実しており、身寄りがない子供や、どうしても親が育てられない子供は、孤児院に行くことが出来る。

 そしてそこで、自分で稼げる歳になるまで、簡単な教育を受けながら住むことが出来るのだ。

 勿論、街や農村での簡単な仕事やお手伝いのような、労働力としての対価は払うのだが、あくまでも、人手不足で困った所への短期派遣バイトなので、奴隷化したり、虐待を受けたりする事も無い。しかも職業訓練にもなる。

 孤児院と、街はウィンウィンなのだ。


 うーん、我が父上の善政には惚れ惚れするぜ!


 そこで、俺が産まれてからしばらく経った時に、父上と母上が出向き、傍仕えとして、そして、年の近い友人として選ばれたのが彼女だった。

 カートライア家では、跡継ぎにはこうやって共をつけるのが習わしらしかった。

 彼女を見ていれば、父上や母上の、人を見る目が確かなのがすぐに分かる。


「あにうえさまは、みゅーがお好きですか?」


 唐突に、エフィリアが聞いてくる。顔に出ていただろうか?


「ああ、好きだよ。本当に良い子だし、しっかりしていて、頼れるお姉さんだ」

「わたしもです、みゅーはとっても優しいので、わたしも大好きです」


 よしよし、我が妹、マジ天使。

 思わず頭を撫でている俺。別に良いだろ、実の兄だし。よこしまな感情など、これっぽっちも無い。


「エファは良い子だね。立場は違うけど、ミューも僕たちの家族だ。それがきちんと分かっていて、ミューを大事にしようとするエファも、おれは大好きだよ」


 俺のその言葉を聞いて、エフィリアが抱きついて来た。


「えへへへ、あにうえさまに、ほめらりました」


 猫のように前頭部を俺にぐりぐり押し付けてきたエフィリアは、首を限界まで上にあげて、クリっとした目を輝かせて俺を見つめ、そして、にへっと笑った。


(うぉぉぉぉ!! 可愛い!!!)


「エファは、僕に褒められて、嬉しいのかい?」

「はい、優しいあにうえさまが、えふぁはだいすきです。なので褒められるとうれしいです」


(くそー!! もう、無限に褒めるしかない。可愛い天使の存在自体を、無限に褒めちゃうから!)


「そうか、良い子にして、きちんとお勉強したら、ずっと褒めてあげるよ」

「……じゃあ、えふぁは、おべんきょうもがんまります。あにうえさま、おしえてくれますか?」


(素直! そして天使! そんなの、二十四時間つきっきりでも教えて差し上げるに決まっている! 駄目だ、俺はきっと、この妹を永遠に褒めてしまう。君が今ここで呼吸をしている、なんならその奇跡すら褒めよう! )


「……ふっ、何でも兄に頼るようでは、良い貴族の令嬢にはなれないぞ」


 ああ、我が女神ベルよ! どうか、この、地球代表として選ばれたくせに、内心だけ、妹にデレデレしている、ムッツリクソヤロウをお許しください。

 どうでもいいけど、こうやってカッコつけて本心とは逆の言葉を発する時って、なんでダンディな声になってしまうんだろうね。不思議。


 表面上は仲良し兄妹のふれあい、内心は、悶えるシスコンの嘆き。そんな状況は、ミューがお茶を淹れて戻ってくるまで続いたのだった。


 いや、大丈夫、忘れてないって。父上が戻られる前に、しっかりと、得られる情報をミューに教えて貰わなくては。





(第6話『この世界を分析せよ その2』へ つづく)



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