第4話 辺境伯家へ

 さて、そんな訳で、俺はベル様に魂を送られ、こうして異世界で赤ん坊からスタートしたのだったが……。


 いやぁ、産まれてからしばらくは、ほんと大変だったんだから!


 あ、ちなみに、TSトランスセクシャル転生モノでありがちな、「女の子に産まれ変わってるー!」的なのは、起こらなかった。なので一人称はそのまま「俺」で問題無さそうだ。


 ぶっちゃけ、絶世の美少女に生まれ変わってみたかった気もするが……。


 まぁ、使命を帯びた身である以上、ある程度ラフに動き回りやすい男の方が有利だろうから、そこはいっか。


 いや、そんな事はどうでもいい。

 大変だったのは、言語習得の話である。


 赤ん坊の頭だから吸収力は高いとはいえ、思考にふけり、ついつい頭に日本語を思い浮かべてしまうと、聞いていた異世界語が、やはりいまいち入って来なくなってしまう。

 受験勉強の最中に、ラジオをかけていると、ついつい勉強がおろそかになってしまう、あれだ。


 折角の異世界での二度目の人生、言語認知不全を抱えては勿体ない。

 やはり、仕方なくしばらくは脳内日本語再生を意図的に封印し、こちらの言語での思考に努めた。


 その甲斐あってか、明確に言葉を発せられるようになるのに10ケ月。概ねこちらの日常会話が完全に理解できるようになるのは1年半ほどで達成出来た。


 話し始め、ではない。

 完全なる理解、である。


 どれくらいのレベルかって? 

 ふっ! そりゃあもう、一歳半の俺が、遠藤周作の『青い小さな葡萄ぶどう』を音読おんどく出来てしまうくらいのレベルだ。もちろんこちらの言葉で。何でこの例えかは知らん。俺の中で、乳幼児が絶対に読まなそうなハードな本、で脳内検索かけて、ぱっと浮かんだだけである。


 何にせよ言葉さえ入れてしまえば、後は単語力勝負だ。こうなればもはや勝ったも同然なり!


 しかし言葉を理解したからと言って、1歳半の赤子が突然「父上、本日もご機嫌麗しゅう」などと流ちょうに話し始めてはさすがにまずい。

 神童と言われればいいが、悪魔付きとか思われたらシャレにならないしな。

 そんな一か八かの賭けで、聡明な父と優しい母を驚かせたくは無かった。なのでそう言った会話は自重した。


 そうして、3歳を迎えるころには、もう一人で何かをするのに不便は感じなくなっていた。


 それから俺は、毎日のように屋敷の書庫に入り込み、片っ端から知識を学んだ。はじめは絵本に似た幼児書籍から入り、少しずつ難易度を上げていった。


 そして、現在の7歳になるころには、地理や歴史書に手を出すようになっていた。


 情報収集は、推理の基本だからな。


 そこでようやく、この世界の大まかな全容を掴むことが出来たわけだ。



 この世界は、ラルアーと呼ばれている。


 まあ、恐らくは世界と言うか、大陸なのだろう。つまりここはラルアー大陸。


 そして、現状、どの地図を見ても、この世界にはバカデカい大陸が一つしか存在しない。大陸が一つなのだから、もはや「この世界」と呼んでも差し支えないだろう、と言う訳だ。形状は……そうだな。福島県をクソ馬鹿デカくした様な感じ。

 ちなみに、「現状」と言ったのは、まだ「新大陸を発見する」という可能性も、「新大陸として発見される」という可能性もあるからだ。

 世界の危機を救うものとしては、そういう可能性も勿論忘れてはならないのだ。


 そして、この大きな大陸ラルアーを一つの国が治めている。ラルアゼート王国。恐らく大陸の名前から来ているのだろう。


 つまり、この世界は、単一大陸、単一国家なのだ。予想通りと言えば予想通りだが、これは俺にとっては僥倖ぎょうこうであった。


 ていうか、核戦争なんかの危機が無い分、むしろ地球よりも滅びの原因は少なそうじゃね?


 そして、大昔はいくつかの国に別れていたらしいが、なんらかの理由で統一されて今の形になったらしい。


(うーん。俺が大好きな作品をパクッてる世界だから、俺が適任だった、という線はやはり無さそうだな)


 ひとまず、俺の知る地球の異世界モノ作品に、この世界と酷似したものは無さそうだな。

 単に、俺が読んだことのない作品なのかも知れないけど……。

 どんだけマイナーな作品からパクったんだよ!? 女神様!


 ……で、今、俺が住んでいるこの地域は、大陸の北東部に当たるカートライア辺境伯領と言われている。

 父は、ラルゴス・リュド・カートライア辺境伯。母はミネア・カートライア辺境伯夫人。『リュド』というのは、こちらの世界での貴族を表す意味の言葉らしい。『フォン』みたいな意味と捉えて貰って差支えない。


 父は聡明で、壮健で、イケメン。母も、優しく、温かく、そして美しかった。いや、この二人のスペックを引き継いだのなら、もう、将来の容姿は貰ったも同然である。

 そして俺は、そのカートライア辺境伯家の長男として産まれたようだ。名前はヴァルクリス・カートライア。


 ヴァルクリス・カートライア。


 思わず繰り返してしまう。

 くぅ。なんて響きだ。か、カッコいい!


 なんせ前世は広瀬雄介だぞ、ひろせゆうすけ。それが、いずれ「我が名はヴァルクリス・カートライア辺境伯である!」なんていうことになる訳だろう?! もうなんかそれだけで、テンションの高まりが抑えきれないぜ! ニヤニヤ。


 産まれたばかりのころは、アクアマリンなどとキラキラネームを付けられたらどうしようか、なんて考えていたが、そんな心配は杞憂に終わった。父上がネーミングのセンスがあってよかった。


(もっとも、こちらの世界では仮にアクアマリンでも何の問題も無さそうではあるが)


 ベッドから起き上がった俺は、何気なく鏡に映った自分の容姿を見た。

 完全に母上譲りの、少し黒めの深い青の瞳に、鮮やかな青い髪。

 こんなの、コスプレイヤーさんのウィッグでしか見たことない。そんな俺が、いずれは大人になり、ビシッと貴族らしい衣装を身に纏うのだ。SNSに投稿しようもんなら、大バズり間違いなしなことこの上ない。


(青年になったら、もう乙女ゲームの攻略対象者だな、こりゃ。マジで一人前になったらアクアマリン遥かなる青っていう二つ名を名乗ったろか?!)


 そう言えば、話が逸れたついでの与太話。


 こちらにも似たような宝石は沢山あるのだが、それらの名前は前世のものとは全く違っていた。だから、ダイアとかルビーとか言っても、こちらの世界では全く理解されないのですわ。ピギィ。


 ともあれ、容姿ツヨツヨな家の子に産まれさせてくれたベル様にはマジ感謝である。


 まあ、本当に強いてひとつ不満を挙げるとすれば、両親の俺の呼び方▪▪▪くらいである。あれには、いまだについついピクッっと反応してしまう。


 コンコン。

 その時、部屋のドアがノックされた。


「はい」


 俺は扉の向こうに向かって答える。すると扉が開いて、お付きのメイドが現れた。


「おはようございます、ヴァルクリス坊ちゃま。お召替えに参りました。その後、朝食となっております」

「いつもありがとう、ミュー」


 毎朝の日課の如く、礼を言う。


 この子はメイドのミュー。とても明るく、前向きで、しっかり者な女の子だ。

 俺が物心ついた時から一緒に居て、ずっと俺の身の回りの世話をしてくれている。父上が孤児院から引き取った俺の1個上の女の子だから、今はまだ8歳くらいだろうか。本当にしっかりしている。


 それにしても、綺麗な、ピンクがかった薄い赤毛の髪を二つに束ね、裾にはフリルがあしらわれた、膝丈の可愛らしいメイド服を着ている少女を見ると、もはや可愛さ重視のメイドカフェの店員にしか見えない。

 こんな造形の衣装が、当たり前に使用人のお仕着せとして存在しているのは、地球の異世界ものを参考に作られたからなのだろうか。

 こりゃどっかで着物とか巫女服みたいな衣装が出てきてもおかしくはなさそうだぞ?

 結構、西洋ファンタジーなのに、謎に和風な衣装のキャラが出てくる作品とか多いしな。


 念のため言っとくと、屋敷の他の仕事をしている20代から30代のメイドさんたちのために、少し落ち着いたタイプのお仕着せを選ぶこともできるようにもなっている。


「それにしても、坊ちゃまは、凄いですね。もう、書庫では無く、旦那様の書斎からお借りしたご本をお読みになっていらっしゃるとか」

「うん、書庫の本は大体読んでしまったからね。もう少し難しい本を読みたいんだ」


 屋敷の書庫にある本は、基本的には、住み込みで働いているメイドや使用人が、休みや勉強のために読む用途でおいてあるものが多い。

 どうやらこの世界での一般人の識字しきじ率はそこまで高くないようで、幼児向けの知育書籍や、簡単な物語が中心にラインナップされていた。


 当然、俺が欲しい知識は、まずは世界を滅ぼすようなヒントが隠れていそうな歴史や伝承な訳だから、当然父上の書斎頼みになる訳だが……。


「でも、なかなか目当てのものが見つからなくって」

「坊ちゃんの目当てのもの、ですか? それは一体どういった内容のものなのでしょう?」

「ああ、この国の歴史とか、大昔の伝承とか、伝説とか、そう言った類に興味があるんだ」


 さすがに、「この世界を滅ぼそうとしている存在が何かを調べたいんだ」なんて馬鹿正直に言う訳にはいかない。

 しかし、現状この世界は正常に機能している訳だから、同じような「世界を滅ぼす何か」が過去に起こったとは考えにくいが……。


 言っても異世界ファンタジー世界である。


 なんか大昔の『大魔導士の残した予言』とか、どっかの遺跡に残された『超古代文明の遺産』とか、なんかそういう手がかり的なものも残されているかもしれない。

 くそ! 脳内とはいえ、大真面目にこんな単語を言うのはとても恥ずかしいぞ。


 ともあれ、成人して、辺境伯を継いで、どこぞの貴族のご令嬢とお見合いをして……そんな悠長な異世界ライフを堪能する暇など俺には無いのだ。


 コツコツコツ。


 ミューに着替えをして貰い終えたところで、廊下から足音が聞こえてくる。このヒールの響く音は、母上だろう。


 ガチャ。


 ノックも無しに入ってくる。まあ、母親が7歳の息子の部屋に入るのに、そんな遠慮はいらないか。これが思春期真っ盛りでも続くようなら、流石に苦言を呈さねばなるまいが。


「おはようー!! 私の可愛いヴァルスちゃん」


 入ってくるなり、俺を抱きしめ、キスをする母上。

 全く、毎度毎度、人を破滅の魔法みたいに……。


「おはようございます、母上」


 俺も、軽く抱きしめ返して言う。

 四十過ぎのおっさんが気持ち悪い、とか思わないでもらいたい。


 前世の記憶があっても、それ以外、今の俺は、完全に七歳児の脳や細胞で出来上がっているのだ。当然、母に甘えたい子供としての本能も持ち合わせている。

 まあ正直、前世の俺も、久しく人肌の温もりを感じていなかった、未婚の寂しい人生だったのだ。

 この若く美しい母の温もりを、二度と味わうことの出来ないと思っていたこの無条件の安心と包容力を、拒否することなど出来ようはずも無いのだよ。



「でも母上、こういうことは、僕より先にエフィリアにしてあげて下さい。こんなところを見られたら妬いてしまいます」

「よいのです、えふぁは、もういただきました。なので、こんどはあにうえ様のばんです」


 俺の言葉に反応して、母上の後ろから小さな女の子が顔を出した。


 この子はエフィリア・カートライア。俺の三つ下の妹だ。


 そういや言うのをすっかり忘れていたが、4歳の時に俺に人生初めての妹が出来たのだった。勿論前世も含めてだ。

 学生の時分、異性の兄妹を持つ同級生から、「妹なんてマジでウザいだけだよ」「姉ちゃんなんてうるさくて怖いだけだし」と良く聞かされていたが、そいつらの発したことごとくが盲言だったと言わざるを得ない。


 父上譲りの完璧な金髪に、クリっとした大きい瞳。我が妹エフィリアはマジ天使だった。


「おはよう、エファ。今日も可愛いね」

「はい! あにうえさまも、きょうもすてきです」

「あらあら、全く。エファが産まれる時、ラルゴスが『他の貴族から聞いた話では、上の子は下が産まれると、親を取られたと思ってきつく当たるようになるらしい』なんていうものだから、心配していたのだけれど、ヴァルスちゃんは本当に優しいお兄さんで、お母さん、本当に嬉しいわ」


 当たり前である。だって、天使だし。


 女神さまと別れて、数年で天使が自分の妹だなんて、こんなの、世界を救う事なんて投げ出して、溺愛してしまってもいたって仕方のない事である。

 いや、投げ出してないけど。物の例えでね。


 それに、言うても精神年齢はおっさん……いや、十分に大人である。両親の手を、幼児返りで煩わせることなどあってはならない話だ。……いろんな意味で。


「ええ、ご安心ください、母上。エファを泣かす奴は、僕が、地の果てまで追いかけて、この世の地獄を味合わせます」

「あらあら、ヴァルスちゃんってば。まだ7歳だというのに、難しい本ばっかり読んでいると、そんな表現も出来るようになっちゃうのね」


 いや、だって、天使だし。

 天使を泣かせるやつに対しての、当然の表現です。


「奥様、坊ちゃま、お嬢様、そろそろ広間へどうぞ。旦那様のお仕事もございますので」


 ミューがにこにこ笑いながら俺たちをたしなめる。

 そう言えば、今日父上は、領地境の砦に顔を出す日だった。『朝食は全員で一緒に取るべし』というカートライア家の家訓を、俺たちの乳繰ちちくり合いで、父上に破らせるわけにはいかなかった。




「おはよう、ヴァルス、エファ」

「おはようございます、父上」

「お、おはよいござりましゅ、ちちうえさま」


 テーブルに座ったまま、爽やかな笑顔で破滅の魔法……では無く、挨拶の言葉をかけてくる父、ラルゴス・カートライアに、俺はピシッと姿勢を正し、軽く会釈をして返した。それを見て、真似をしようとするが、緊張して上手く出来ないエフィリア。


 な、ほら見ろ、クソ可愛い、マジ天使。


「ヴァルス、いつも言うが、朝からそんなに気を張る必要など無いのだぞ。お前は息子なのだから」

「はい。しかし、父であろうと、尊敬すべき方への礼節は怠るべきではない、と、書の先人たちも申しておりましたので」

「ははは。以前うちの領を見学に来た、隣のリングブリム子爵が、『どのような教育をなされば、あんな神童に育つのですか!』と詰め寄ってくる意味がよくわかるぞ」


 西隣の領地であるリングブリム子爵は、父と親交が深い。そのおかげもあって、俺も子爵家の嫡男とは親しくさせてもらっていた。

 しかし、実際子爵とはそんなに話したことは無いはずなのだけど、俺なんかのどこを取って「神童」などと思ってくれたのだろうか。

 そんな事を考えながら、いつものようにエフィリアを持ち上げて椅子に座らせてやり、俺もその隣に座る。


「して、父上はなんとお返しになられたのですか?」


 父上の返答に興味があったので聞いてみた。


「ああ、ひたすら本を読ませろ、と言ってやった」

「あははは……」


 すみません、父上。異世界転生すれば、誰だってこうなります。



 料理が運ばれて来た。

 香ばしい香りだ。

 香辛料の効いた野菜のスープに、パンに卵、と、ペンションの朝食風な食事が出てくる。

 異世界に来て、まず食事が心配だったが、正直、不満に思う事は一切なかった。

 むしろ、前世のコンビニ弁当やファストフードに比べれば、よっぽど今の方が、栄養を取れている気がする。


 くそう、現代文明敗れる。


 いや、敗れたのは、前世の俺個人か……。じぃざす!



「さて、ヴァルス、今日は帰ったらお前に大事な話がある」


 食後に、父上が神妙な面持ちで俺に言った。


「大事な話……ですか?」

「ああ」

「一体それはどういったお話か、お伺いしても宜しいのでしょうか」


 父上は、少し考えるように腕を組み、顔を伏せた。


 なんだろう? 深刻な話だろうか?


 怒られるようなことをした覚えはない。婚約者を決めたりお見合いをするにはいささか早すぎる年齢だ。両親共にこれ以上ないくらい愛し合っているから離婚の可能性も無さそうだし。カートライア領内においても、これといった問題は聞かない。

 うーむ、全く検討がつかない。


 そんな俺の考えをよそに、再び俺に向かって顔を上げた父上は、まさかの大爆弾を放り込んできた。

 その言葉は、前世では手垢まみれになるほど聞き飽きた言葉だったが、地球から離れた今の俺の理性を吹き飛ばすには十分すぎた。


「ああ、魔王の復活ついての話だ」



 ……。


 ……は?


 ま・お・う・の・ふっ・か・つ?


(えええ?!! いやいやいやいや! なんだそれ?!!! それっすよ、それ!! 滅びの理由、絶対それじゃん!!!!)



(第5話『この世界を分析せよ その1』へ つづく)

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