第3話 メガミッション その2

 さて、何から聞くべきか。

 俺は一瞬悩んだが、そう構える必要はない。


 限られた回数の質問をして、正解を絞っていき相手の答えを当てる。

 そんな頭脳ゲームとは違い、こちとら質問回数無制限、時間無制限……なのだ、多分。


 ん?


「ベル様、今この場所に、時間制限はありますか?」

『いいえ、納得がいくまで、いかようにも』


 ふう、良かった。では改めて。

 こちとら、質問回数無制限、時間無制限なんだからね!


 ……さて、片っ端から潰していこう。手詰まりになるまで。

 俺は、ひとまず思いつく限りの質問を並べ立てた。


「その世界の時代背景は、地球で言うといつくらいでしょうか?」

『……』

「では、文明レベルは?」

『……』

「その世界に魔法はありますか?」

『……』

「魔物はいますか?」

『……』

「参考にした、と仰いましたが、どういった世界観のものでしょうか?」

『……』


 口を開こうとするが、言葉にならず、首を横に振る。ベル様のそんな仕草が繰り返される。どうやら意地悪とかでは無く、本当に何かの力で、答えられないようになっているらしかった。

 なるほど。まあ、そうだよな。分かっていたけど、念のため。

 しかし、これで良い。「多分答えて貰えない」と「実際に応えて貰えなかった」では、情報としては天と地ほどの差があるのだから。

 言い訳がましいが、言い訳じゃないぜ?

 ホントだよ。


 よし、それなら。


「向こうの世界に行くというのは、転移では無く転生と言うことで宜しいでしょうか?」

『はい、その通りです』

「赤ん坊からのスタート、と言う事ですね?」

『はい』


 前世の記憶に関しては訊く必要もないだろう。

 『記憶は引き継ぐ』で確定だ。

 もし記憶が残らないのであれば、ぶっちゃけ誰を転生させても同じだしね。わざわざ俺を選んでここに呼ぶ理由がない。


 では、次の質問に行こう。


「その世界は、言語は何種類話されていますか?」

『……』

「その世界の言葉を仮に『異世界語』とした場合、私はその世界の一般の他の赤子と同様に『異世界語』を覚えるということですか?」

『はい。そうなります』

「なるほど、つまり私は、母国語を覚えるということですか?」

『……』

 

 同じ質問をしたのに、ベル様が沈黙した。


 良し来た!

 これで分かることはある。


 産まれてから人間が言葉を学ぶのは当然の事である。そして世界が違うのだから、異世界の言葉を学ぶと言うのは当然だ。つまり、それは前情報には当たらない。

 そして、本来ならば産まれた地域の母国語を学ぶはずで、これも当然の前情報には当たらないはず。

 しかし、ベル様は答えなかった。前情報には当たらないのに答えなかった、という事は……。


 つまり、その世界には「母国語」という概念が無い。そういう事だろう。


 従って、俺がこれから行く異世界は単一言語である、という可能性が高い。


 ふははは、見たか!


 ちなみに、ここでもう一つ分かったことがある。


 ベル様は「前情報は与えられない」と言った。しかし、すでに俺は、「単一言語だろう」という予測が出来ている。

 つまり、勝手にこちらが予測する分には許される、ということだ。


 よーし、探る、探るぞぉ!


 俺、今、死んで魂なのに、楽しくなっちゃっていいのかしら?


 ともかく! それを踏まえて、次の質問。


「世界を救うとは、その世界には何か危険が迫っているのでしょうか?」

『……』

「世界を救うとは、誰かを倒せばよいのでしょうか?」

『……』


 誰か、何か、という具体的な表現が引っかかっているのかな?

 では……。


「その世界を救うために、私はそのとある、何かしらの元凶を絶てば良いのですね?」

『はい。そうです』


 なるほど。ここまでぼかせ答えて貰えるのか。


 つまり、人なのか、病気なのか、災害なのか、モノの破壊なのか、魔王なのか知らんが、その滅びの元凶とやらを絶つことがミッション、と言う訳だ。


 つーかさ。

 異世界モノをパクるにしても、だ。

 なにが悲しくて、滅びる前提の作品をパクってるんだよ、別世界の女神さま!


 なんかあるだろ!

 『なんちゃら貴族のなんとかスローライフ』みたいな、似たりよったりの平和なゆる~い世界観のやつが! ゴロゴロと!


 ……気を取り直して、次に行こう。


 まあ、いずれにせよ、これは絶対に聞かなきゃいけない質問だったし。


「ベル様、何故俺だったのでしょう?」

『何故、とは?』

「正直、俺は、平凡な人間だったと思います。別に強い訳でも無い。良い大学を出た天才でもない。なのに、なんで、全人類の中で、俺だったのでしょうか?」


 ベル様は、少し間を空けてこう言った。


『異世界を救うたった一人。地球の全人類の歴史の中で、あなたが最も適任だったからです』


 値千金の答えである。


 勿論、なんで俺なんかが、とは思っていたし、一番聞きたかった質問だ。

 でも、この答えは、裏を返せば、この俺、広瀬雄介の、「何もないと自身ではそう思っていた人生のどこかに、異世界を救うヒントが隠されている」と。そういうことになる。


 そして、一個前の答えと照らし合わせると、もしも疫病やウイルスで滅びるなら、医者やその道の研究者が呼ばれるはずだ。災害なら、救助隊の人や消防士、或いは自衛官、最悪預言者とか? まあ、そう言った職業の人たちの方が、俺なんかよりはよっぽど世界を救うだろう。

 つまり、滅びの元凶は、病気や災害ではないということだ。


 じゃあ、どんな元凶なら俺が役に立てるかって?


 知らんそんなん! 今は答えを出す時間ではなく、ピースを集める時間なんだから。

 危ない危ない。危うく、「知らん」では無く、「そんなんあるか」と言いそうになった。まあ、あるからここに居る訳で、きっと何かしらのアレがあるんだろうさ。多分、きっと。


 くそ、言ってて悲しくなってきたので、次だ。


「ベル様、次の世界に行ったは良いけど、何も出来ずに死ぬ、なんてこともあり得ます。

 極端な話、仮に戦乱の地に産まれてしまったりした場合、成人まで生き残ることも難しいかもしれません。何か、特別なお力を頂けたりしないでしょうか?」


 正直、これは最重要事項だ。


 生前、倒れる直前に取った企画アンケートの結果でもそうだったように、異世界に行くほとんどの作品で、まず絶対に必要なのは「チートスキル」だ。


 勿論そんな力を持たずに異世界転生する主人公たちも沢山いた。

 しかし、大抵、医者や薬剤師だったり、料理人やパティシエだったり、害虫駆除業者だったり、便利屋だったりと、その職業の知識が、ある程度の特殊能力として成立しているパターンだった。

 ただの出版社上がりのサラリーマンの俺に、そんな特別な知識はもちろん無い。

 であれば、何でもいい。瞬間移動でも、治癒能力でも、圧倒的な魔力でも、最悪死の訪れない無機物への転生でもいい。あるに越したことは無い。


『私はあちらの世界に干渉できません。あなたの魂はこちらのものなので、若干特殊な存在となりますが、何か特別な力を与えるという事は難しいでしょう』


 絶望的な答えを頂戴した。


 嘘でしょ? ヤバイ、詰んだかもしれん。


 こうなると、ますます俺なんぞをここに呼んだ理由が分からなくなってくる。


 せめて食や稼ぎに直結する知識を持った人を呼んだ方が、最低限生き残ることは出来そうである。

 ベル様、悪いことは言わないので、今すぐに俺の代わりに自衛隊のレンジャーの人を呼んだほうが良いかもです……。


「ベル様……その、特殊な存在とは、一体どういう意味なのでしょう?」


 わらにもすがる気持ちで聞いてみる。


『はい。あちらの世界を救うため、その元凶は、必ずあなたが絶ってください。あなたはあちらではそういう存在となります』


 うん? これは一体どういうことだ?


 異世界で少しでも楽したいがための質問だったのに、なんか確信めいた話が飛び出してきた。


「えっと、もしも、例えば向こうの世界で出来た俺の仲間とか友達とか、別の人間がその元凶を絶っても、俺とその仲間とでは結果が違うということでしょうか?」

『はい。あなたであれば、世界は救われます』

「なぜ?」

『あなたは、あちらの世界のことわりの外の人間なので』

「……」


 俺は少し沈黙し、女神の言葉の意図を考えた。


 なるほど、読めてきたぞ。


 ……つまり、こういうことか。

 某カードゲームで言うところの、destroyデストロイremoveリムーブの違いなのだろう。前者は、再生、復活出来るが、後者はゲームから除外となり、復活は不可能。使い終わったカードを置く墓地グレイブヤードからの回収も不可となる。


 具体的に言えば……そう、例えば、良くあるパターンではこうだ!


 世界を滅ぼす魔王がいたとして、倒しても数十年後にまた復活してしまう。その度に勇者が現れて倒すが、また復活する。この設定は色んな作品で良く出てくる。

 もし、この「復活」が、あちらの世界に「固定されてしまったルール」だとしたら、どんなに強い勇者がそれを倒しても、必ずまた復活してしまう。

 「魔王は、その世界の者に滅ぼされても、必ず復活する」という固定ルールであれば、それは、「その世界の者である勇者自身もルールの一部」だからだ。


 まぁ、ほとんどのゲームや小説では、勇者たちが知らない「ただし書きルール」があって、それを探すのが目的になる訳だけど。


 つまり、

「但し、魔王を○○で倒した場合のみ復活しない」

という、ルールだ。

 その但し書きルールが、俺、ということか。


 その「世界に存在しない魂」であり「ルールの外」である俺がとどめを刺せば、「魔王の死」に「復活のルールが適用されない」。言い換えれば、「『復活が前提ではない死』となる」と、そういう事だろう。まあ、どれもこれも、仮定の域を出ないが。


 ちなみに、仮定の話とはいえ、さっきからクソ真面目に魔王魔王と連呼するのは、とても恥ずかしい。

 なんだ魔王て、なんだ勇者て、馬鹿馬鹿しい!

 

 ともあれ、これで予想はついた。


「世界に固定されたルールを壊す」破壊すべき全ての符ルールブレイカー、それが俺に与えられたスキル、って訳さ!


 ……いやいやいや! バカか俺は。


 有名な必殺技名でカッコつけては見たが、いかんせんこれでは何も無いのと一緒である。なんの情報も持たないのに「ラーの鏡」だけ突然渡されても使いようがないじゃないか。


『そうですね、後は……』


 途方に暮れる俺を見かねてか、ベル様が話を続けて来た。

 まだ何かあるのか? 頼む、あってくれ。


『あなたの魂だけは私の管轄。つまり魂を入れ物に送るところまでは私の管轄ですので、どの家のどの者として産まれるかは、ある程度、指定出来るでしょう』

「ふぇい!?」


 おかしな声が出た。もしここに高校時代の友人がいたら、「ヴァレンタイン?」と言ってくれたに違いない。


 いやこれは正直、激熱げきあつ情報である。

 ある程度の地位のある家の人間として産まれれば、幼少期の命の安全は勿論ながら、教育を通じて、文化や歴史など、異世界の教養を得ることが出来る。必要に応じて、ラスボスを倒すための特訓も受けられるかも知れない。


「それはとても助かります! では、貴族、王族、あるいは複数の村や町単位で領地を治めている様な家に産まれさせてください」

『ええ、それくらいはお安い御用です』


 よし! これで、ひとまず不慮の事故死や、餓死、奴隷身分などは回避出来そうだ。

 有力な豪商なんて選択肢も考えたが、商人は金絡みの陰謀が多そうである。一家強盗殺人に巻き込まれても面白くない。


 それに異世界の設定によっては、貴族や王族という概念がない場合も考えられる。なので、一応、一定以上の土地を収めている者、という項目も付け足しておいた。


 まあ、異世界は、こちらの世界の物語を参考に作られた、と言っていたし、概ね、問題は無いはずである。


 抜け目ない、推理オタクの理屈バカ。

 それこそが俺である。


 悪徳貴族の息子に生まれてしまうパターンもありうるが、そこはそれ。逆に善政を施して、民や誠実な家臣からの信頼を勝ち取る、世直し主人公になればいいだけの事。むしろ持ってこいである。


 そもそも、その異世界はファンタジー世界とは限らない。江戸時代とか大航海時代とか、最悪、宇宙世紀ということも考えられるんじゃないか!?

 そんな反論が聞こえて来そうだが、それはきっと大丈夫だろう。


 向こうの異世界は、恐らく、中世付近のファンタジー世界である。俺にはその確信があった。


 何故かって?


『あなたが最も適任だったから』


 ベル様はそう言った。


 俺は生前、誰よりも多くの中世設定の異世界ラノベファンタジーに関わり、ノベライズ、コミカライズ、アニメ化と、あらゆる企画に関わって来た男である。

 その俺を呼んだ、ということは、そう言う事だろう。ふははは。


 まあ、だとしても、「マジでそんな理由で俺?」思ってしまうところからは抜け出せはしないが。


 さて、もう確認出来る事は無さそうだ。

 俺はベル様に向き直り、最後の確認をした。と言っても、これは先ほど予想したことの念押しだが。


「ベル様の管轄を離れる、ということは、俺がここを離れて異世界に行ったら、もうベル様のお声を聞くことは出来ないのですよね」

『ええ、そうなります。ごめんなさいね』


 やっぱりね。まあ、予想はしていたけどさ。


 ここを離れれば、後は自分次第。自分一人の力で、異世界とやらを救わなくてはいけない。

 前世の知識があり、親ガチャが優遇されているだけでも勝ち組だ。贅沢は言ってられない。チート能力が無いぐらい何でもないさ。


 俺は意を決して、ベル様に、旅立つ旨を伝えた。




『では、宜しくお願いしますね』


 ベル様としばしのお別れを済ませ、俺は、目の前に開いた、ゲート的な空間の前に立った。ここをくぐれば、俺は、そのくだんの異世界に産まれるらしい。


 この美しい女神さまとの別れは寂しいが、善は急げだ。

 正直、幼年期、少年期にやらなくてはいけないことは腐るほどある。


 それに、今、俺はワクワクしている。


 異世界転生なんてコンテンツには、クソほど関わって来たが、所詮は夢物語だ。

 都合よく無敵になって、都合よく敵を倒して、チヤホヤされて、都合よく金髪美少女と結ばれる。そんな甘い現実逃避の夢だ。


 だからあの世界では、みんながそれを求めた。

 だからあんなにも流行った。余りにも現実が世知辛かったから。


 皆が主人公になりたかった。

 皆がヒーロー、ヒロインになりたかった。

 皆が無敵になりたかった。


 しかしそれは決して叶わない夢幻ゆめまぼろしだ。

 それが今、目の前にある。


 なんで選ばれたかは未だによく分からないが、面白くも無い凡庸な人生だと思っていた俺、広瀬雄介の生は、最高の人生だったということが証明された。そんな気がしていた。

 ならばあの凡庸な人生も悪くなかった。


 俺は死後初めて、広瀬雄介であったことを誇りに思った。

 しかし、もうこの名前ともさよならである。


 願わくは、良い人生になりますように。


「では、行ってまいります。そして、世界を救って見せます。あなたの世界の代表として」


 ベル様は微笑んだ、気がしたが、半分ゲートに埋まった体では良く確認出来なかった。だから、その後のベル様のつぶやきも、聞き取ることは出来なかった。

 こうして俺の魂は、女神さまからの願いを聞き入れ、世界を救うために異世界へと旅立ったのだった。



『……どうかお願いします。きっとあなたなら辿り着けます。その答えに』



 ******



 とまあ、こうして、俺はこの異世界に赤ん坊として産まれ落ちたわけだ。


 いや、それにしても、わからん。思い返してみても、何がどうしてどうなって、俺が地球代表に選ばれたのか。


 マジで実は適当に選んだ、とかじゃないよね?


 まあ、しかし、そんな事を思い悩んでいても、ひとまずはどうしようもない。


 記憶を残し、新たに授かったこの人生。

 課せられた使命は忘れることは無いが、目標に近づきつつも、思い切り謳歌してやろう。

 せめて、平凡で退屈だった前の人生の分まで。


 俺は、そう心に決めたのだった。



 ガチャ。


 扉が開く音らしきものが聞こえた。

 そして、俺の視界に、鮮やかな青い髪の美しい女性が映り込んできた。


(うおおお、何度見ても驚愕のスペックだな! さすが異世界クオリティ!!)


 ちなみにこの、ベル様とは別の女神のような女性は母親であるらしいことは分かっていた。乳母やメイドの線もあったが、その女性の身に纏う、いわゆる「貴族の着てそうなドレス」からみても、実の母親で間違い無さそうだ。


「〇×△◆□、▽〇×、▽〇×」


 俺を抱きかかえながら、その女性は何やら知らない言語で話している。

 当然のことながら言葉は分からない。


 うん?

 「▽〇×」という発音は繰り返したから、あやしている言葉だろうか? だとすると初めのブロックは俺の名前か?


 ……う。


 ここでふと思い立った。


 まずい。

 これでは、俺の脳内言語は、メインが日本語になってしまう。

 昔、英語の先生が、頭の中で日本語に訳しながら英語を勉強すると、習得に時間がかかる、と言っていたっけ。

 思わぬ弊害である。


(……くっ!)


 女神に請われて、救世主となるべくやって来たこの世界での、ルールブレイカーとしての俺のミッション。

 それは、「日本語の脳内再生を完全に封じる」という事からのスタートだった。


 (くそっ! こうなったら、一日でも早く言語をマスターして、一刻も早くその「元凶」とやらを突き止めてやる!)


 俺は心の中でそう誓ったのだった。


 勿論、日本語で。


 ……もー。



(第4話『辺境伯家へ』へ つづく)




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