第6話 この世界を分析せよ その2

 父上の書斎机の横にある応接テーブル。

 そこでミューが淹れてくれたお茶をすすり、バスケットに乗った焼き菓子を一つ、口に放り込んで俺は、口を開いた。


「ミューは、魔王、とかいうやつの事は、何か知ってる?」

「魔王ですか?」


 ここでミューが爆笑してくれれば、実は父上が俺をからかっていて、そんな物騒なものの存在は否定されるのに。

 そんな淡い期待を一瞬抱いたが、残念ながらその期待に反し、ミューは表情をあまり変えずに、こともなげに言った。


「はい、有名な話ですから。それに、坊ちゃんが読んでいたおとぎ話にも、それを元に作られた話がいくつかあったと思うのですが……」

「え? そうなの?」


 これは、やってしまった。

 正直、俺は、魔法やスキルの存在が無いという事を確認したあの恥ずかしい日以降、魔王や勇者、魔法の類が出てくる物語をはじいて、読むのをおろそかにしていたのだ。

 だって、どれもこれも魔法とか特別な力のオンパレードだったし、「はいこれフィクション!無関係!」とはじくのには便利な要素だったから。

 まさか、あの排除した文献の中に本物が混じっていようとは。


「てっきり、空想上のお話とばかり。だから、あんまりよく覚えていなくて。ミューの知っている範囲で教えて貰えるかな?」

「はい、私も、童話化した話以外は、孤児院でシスターから聞いたくらいの知識しかありませんが……」


 ――五分後。


 ……いや、嘘だろ。

 俺は、ミューの話を聞いて、頭を抱えていた。


 そのお話は覚えている。

 っていうか、寧ろ、中でも最も突拍子もない話だったがゆえに、鼻で笑って読んでいた奴だった。だから余計に印象に残っていたのだ。


「まさか……あの話が本当なの?」

「はい。あれが一番、史実を的確に表していると、シスターは言っていました。私は、当時は文字が読めなかったので、シスターに読み聞かせて貰ったのですが」


 そのおとぎ話は、クッソ簡単にまとめるとこうだ。


『50年に一度、この世界のどこかに魔王が現れ、人々に害を為す。しかし聖女様が現れ、魔王を打ち倒す』


 俺が鼻で笑った意味が分かって貰えたと思う。今だって、半分以上「なんだそりゃ」としか思っていない。新人作家が、こんな異世界転生小説を書いてきたら、長々と説教してしまう自信さえある。

 そしてそんな内容の文献なんて、俺が、いの一番に除外するのも仕方ないと思う。どうりで、歴史についての書物が極端に見つからなかったわけだ。


 でも、だとすると……。


「坊ちゃま。旦那様が、今日、この話をするとおっしゃっていましたが、もしかしたら、その50年の周期が近づいているのでしょうか」


 本当に、このは聡い子である。それはまさに今、俺が懸念した所である。


「多分ね」


 その言葉に、少しひきつった表情を浮かべるミュー。


「なに、今日明日に復活する、ってわけでは無いだろうし、まだ先の事だろう。それまでに出来る対策をしておけばいいさ」

「そうなのですか?」

「ああ。父上が今日話すと言ったって事は、間違いなくその時が近づいてきている証拠だろう。でも逆に、そのことを踏まえて、僕もエファも、そして辺境伯家としても、きちんと対策が取れる時間を見越してのタイミングのはずだ。もう数年は時間があるに違いないよ」


 ミューを元気づけるために慌てて言ったことであったが、思った以上に自分でも的を射た意見だと思った。そう、あの父上の事だ、それくらいの安全マージンは取っているに違いないだろう。


「そ、そうですよね。良かった」


 ミューが安心したように息を吐いた。

 そう、もしそれが本当の事なら、出来得る限りの準備をしておく必要がある。


 戦う準備と、そして或いは、すぐに逃げ出せる準備を。


 今は王国歴732年。

 ちなみにこれは、初代魔王が倒されて、国が統一されて以来の年号らしい。つまり、これまでずっと、魔王の復活とその災厄、そして封印を繰り返してきたのだ。

 いや、魔王は復活するわけだから、「初代」と言うのはおかしいのか。「初回」に訂正しておく。


 しかし、この世界の人たちは、そんな世界を、これまでどんな気持ちで生きてきたのだろう。


 恐怖の大王も、南海トラフ地震も、来るぞ来るぞと言われて結局来なかった。後者に関しては、少なくとも俺の生きている間は。

 それでも安穏として生きていられたのは、「どうせ来ないんだろ?」という気持ちが何処どこかにあったからだ。

 しかし、人間の脅威になる存在や現象が、近い未来に訪れる。それも、確実に。そしてそれは50年おきにやってくるのだ。そんな恐怖に耐えながら生きるなんて、あり得ない。


『あなたに直接その元凶を絶ってもらいたいのです』


 女神ベル様のミッションを思い出す俺。

 もしも、もしもだ。その元凶が魔王、なのだとしたら……。


(つまり、俺が、直々に……そういうこと、だよな。)


 ……本当に……あり得ない。

 そんな感想しか出てこなかった。


「もし、まおうがあらわれたら、えふぁが聖女さまになって、たおしにいきますですよ」


 俺は、事の重大さが分からず、無邪気に笑う天使の頭を、無理やり作った固い笑顔で撫でてあげる事しか出来なかった。



 ――その夜。


 父上が戻られ、家族で食事をとった後に、父の書斎に呼ばれた。


「参りました、父上」

「ああヴァルス、よく来た、入れ」


 いっそ、俺の名前で、魔王を滅ぼせないだろうか。


「父上、魔王の復活についての話、ですね」

「ああ。私が戻るまでの間に、いろいろと情報を仕入れたようだな。朝話したときは、お前はあっけにとられていたからな」

「そ、そうですね。まさか、あの話が真実だとは思わなくて」


 父上の話は、ミューから得た情報を大幅に補完してくれた。


 「この世界は、およそ50年に一度、魔王が蘇る」と言っていたが、正確には、「魔王が倒されてから50年」と言う事らしい。ここは俺も疑問に思っていたところだったのですっきりした。

 だって、魔王が復活して、倒すまでに45年かかってしまったら、折角倒しても、5年後にまた現れる事になってしまうからね。まあ、倒すのに45年もかかってる時点で、人類滅んでそうだけど。

 つまり例えるなら、50年のナギ節って事か。ちなみに、倒すために召喚士が命を引き換えにしたりする必要は無いらしい。


「その50年の期間を、『ヴィ・フェリエラ期』と呼ぶ」


 あ、名前あった。ナギ節とか言ってすみません。

 ん? ということは。


「つまり、魔王の名前がフェリエラ、と言う訳ですね」

「ああ、その通りだ」


 この世界の言葉では、「ヴィ」というのは、無や打ち消しの意味で使う接頭語だ。つまり、「フェリエラが無い期間」と言う意味になる。

 父は頷いたが、ぶっちゃけ、魔王の名前なんぞこの際どうでもよかった。


 次に出現場所だが、毎回、現れる場所はランダムらしい。そして、その現れた地域を滅ぼし、そこが魔王の根城になるそうだ。

 その地域は、しばらく結界とやらに覆われ、誰も入ることが出来なくなるという。そして、魔王が完全に復活すると、その結界は解け、人類に侵攻してくるとのこと。


 いや、あっさり「滅ぼし」とか言わないで欲しい。物騒な。

 なんかちょっと嫌な感じがした。


「その出現とやらに前兆はあるのでしょうか」

「私も目にしたことは無いので分からぬが。もしもこの土地でそれらしい現象を察知したら、魔王の結界が現れる前に、速やかに領民を非難させねばなるまいな」


 父上が聡明な人で良かった。これで親が腕自慢の豪傑だったなら、「魔王なんぞひとひねりにしてくれる!」なんて言いかねないもんな。


 この大陸は広い。そして、貴族領は50を超える。この辺境伯領にピンポイントで現れる可能性は低いが、どこかの地域には必ず現れる以上、油断はできない。もしもこの地域に魔王が現れても、ミューやエフィリア、母上だけでも、俺が逃がさなくてはいけない。

 ちなみに、現在は、魔王が倒されてから、ちょうど40年目とのことだった。予想通り、流石父上である。10年もあれば、対策は取り放題だ。


「『地域』と仰いましたが、それはどれくらいの広さなのでしょう」

「ああ、資料によると、それはまちまちらしい。どうも、一つの領地が、ちょうどまるまる結界に覆われると」


 領地、つまり、子爵領や伯爵領と言った貴族の領地が一つ選ばれる、という感じなのだろうか。

 魔王の復活に、人間の作った、貴族の土地への線引きが関係するとは思えなかったが、きっとこれがこの世界の一つの「ルール」なのだろう。

 『魔王は、復活の際、一つの貴族の領地をまるまる根城にする』という固定ルール。

 違和感はあるが、ひとまずは納得するほかない。

 俺の頭の中には、三国志や戦国時代が題材の国取りゲームの、線で囲まれた一つの地域が、真っ黒に染まってドクロマークがつく。そんなイメージが湧いていた。


 しかしだ。

 これが最も大事な話である。


 そう、聖女である。


 正直、ここまでうさん臭い熟語を俺は知らない。


 異世界に転生して聖女になったり、悪役令嬢が改心して聖女と呼ばれたり、色んなパターンはあれど、生前の俺の印象は決まって、「はぁ? なに、聖女って?」だった。


 勇者、は、まだ分かる。「勇敢な者」だ。正直、神なんかに選ばれなくても、ラスボスを倒して後付けで称号勇者となった、というパターンもあるし、そもそもこの言葉が市民権を得るキッカケとなったゲームが大ヒットしたわけで、まだ、納得はいく。

 あとは。


 魔法使い。うん、魔法を使う人でしょ?

 賢者。うん、賢き者、でしょ?

 召喚士。召喚する者だよね。

 でも、聖女ってなに? 聖なる女ってこと? 聖なる女、って何よ。

 まだ姫巫女ひめみこ様とかの方がましだわ。お姫様で巫女なんでしょ? 

 是非、自己紹介の時に、「私は聖女です」じゃなくて、「私は聖なる女です」って言ってみて欲しいわ。その自己紹介を自ら出来てしまう時点で聖女じゃねぇわ。無垢な子供が、「僕、無垢だから」とは絶対に言わないっていう、アレと同じだ。

 あ、誤解が無いように言っておくけど、第三者が「ああ、聖女様のようだ」って言うのは許そう。他者のイメージ評価だから。


 もう分かってるよ、完全に話がそれている。しかしこの際、戻す気もあんまり無い、正直!


 これ、聖騎士にも同じことが言える。

 なんだよ、聖なる騎士って。

 普通の騎士と、聖騎士を並べて、「違いは?」って聞いたら、「私は『聖なる』ほうです」とでも言う訳? なんだよ、聖なる方って!

 『聖』ってさ、宗教的な意味合いが強いって事だと思うんだけど、宗教イコール『セント』となる、その図々しさ、そのうさん臭さが、どうにも俺は嫌いなのだ。

 いずれにせよ、聖女や聖騎士なんてのは、うさん臭さとご都合主義の塊だ、と俺は思っている。聖がついて許される職業は、聖闘士だけで十分である。


「う、うむ、やはりお前も、魔王の存在は許せぬようだな。頼もしいぞヴァルスよ」


 顔をしかめて、硬直している俺に、父上はそう言った。誤解してくれてありがとう父上。

 でもまあ、仕方ない。この際、俺の前世の個人的好き嫌いにこだわっている場合ではない。俺は、父上に聖なる女とやらについての情報を訪ねた。


 それによると、だ。

 どうやら魔王が現れると、その影響で……か、どうかは知らないが、この世界に魔素まそとやらが満ちるらしい。

 そしてその時代に生まれた子供は、つまり、魔王の存在する『フェリエラ期』に産まれた子供は、魔素の影響で、稀に魔王や魔物に対抗できるような、特別な力を持って生まれることがあるらしい。


 まそ。

 まおう。

 まもの。

 特別な力。


 次々と飛び出す、非現実的な単語。

 うん、そう言えばここは異世界ファンタジーな世界だった。


 そして、この世界に産まれ落ちてはや7年。

 存在しないと思っていたその言葉が、とうとう父の口から発せられた。


「それを我々は……『魔法』と呼んでいる」

「まほぉー……」


 折角ファンタジー世界に異世界転生したんだから、せめて魔法はあって欲しかった。

 俺は、そう思った過去の自分の言葉を思い出した。


「そして、その中でも、特に、魔王を倒す程の力を持った人を、聖女と呼んでいるそうだ。魔王が現れている『フェリエラ期』には、必ず一人の聖女が産まれると言われているらしい」


 なんだよ、結局、異世界転生したは良いけど、俺じゃなくてその聖女ってのが主人公じゃねえかよ!

 いやいや、そんなことよりも……だ。


「魔法……魔法……」


 ある、あるんだ、この世界には。魔法が。

 使いたい、使いたい、やってみたい、やってみたいぞぉぉぉぉ!!!


 俺は、父上の重要そうな言葉など既に聞いていなかった。推理小説マニアとしては、貴重な情報を聞き漏らすなど論外だったが、それ以上の事実が明らかになってしまったのだから仕方ない。


「あー、その。……まあ、でも、ほら、あれだ。お前は『ヴィ・フェリエラ期の子』だから魔法を使うことは出来んが」


 ワクテカしている俺を見かねてか、父は、申し訳なさそうに、そう俺に忠告した。


 ……そういや、言ってたな。

 『フェリエラ期に産まれた子供』って。


「ちちうえー!!!!!!」


 7歳だけど。

 うん。

 

 年甲斐も無く泣いたさ。



(第7話『ロヴェルとヒューリア』へ つづく)


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