水吏高校美術部

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一章・色を知るために

第1話 生意気な新入生

「……じゃあ、私が納得できる「愛」の絵を描けたら入部してあげますよ」


 公立 水吏すいり高校美術部部長・鷹過たかすぎトモエである私。

 一年生の時点で当時の部長をデッサン対決で打ち負かし最年少部長としてデビューした以降、先生や先輩方からは水吏すいり高校の麒麟児きりんじとして持ち上げられてきた私。


 まさか今目の前にいる新入生の一言で追い詰められるとは思わなかった。


「そ、そんなの余裕だよ!! 描けたら美術部に入部してくれるんだよね!?」


「はい」


 青井あおいケイトちゃんは意気込む私を見てもその気だるな視線を崩さない。

 ぶら下げている体験入部カードは彼女が新入生であることを証明する。しかし、彼女の表情は15歳と思えないような憂いに包まれている。


 こんな逸材、他に部活にミスミス渡してたまるか。


 私はケイトちゃんと対面するように机の前面に座って、用意されたスケッチブックにたくさんのハートを描いた。

 桃、赤に青とそれらのハートを色鮮やかに塗って、キラキラした反射光も付け足しちゃう。誰が見てもカラフルで可愛らしいイラストに仕上げてみせた。


「どう〜よ! ザ・愛って感じでしょ!?」


「いいえ、ハートマークたくさん描いただけですよね。人を無理矢理連れて来といてこの程度なんだ。もう帰っていい?」


「ま、待って! まだ帰らないで!」


 ケイトちゃんは大きくため息ついて教室の奥に目線を移す。

 教室入り口付近で「お絵描き遊び」をしている新入生と違って、上級生たちは奥で垂らした汗にも気づかないほど集中して「作品づくり」をしている。


「みなさん、熱中してるね……私には、無理。あんなの」


「そんなことないよ! ケイトちゃんは素質あるよ!」


「……私、棒人間しか描けないぐらい下手だよ……そもそもなんで私みたいな根暗女を連行して来たの?」


 良い質問だ、と言わんばかり私が両手を上げて大声で答えてやった


「そりゃあケイトちゃんが可愛くて目立ってたからだよッ!!」


「は?」


「私、最年少美術部部長だよ! 美しいもの追い求めてこの部活に入ったんだぜ! 一年生で一番かわいいケイトちゃんを他の部活に渡せるわけがないじゃん」


 気のせいだろうか、ケイトちゃんの気だるげな目線が蔑みと呆れに変わった気がする。そして再び大きな溜め息をつき、机のフックにかけたバックを持って立ち上がった。


「美術関係ないし……どっちにしろ、美術だけは無理だから。もう帰る」


「ま、待って!! そ、そんなこと言わないで、頑張ればきっと楽しいから! 無理なんかじゃ……」


「無理だよ先輩。私、色し」


「……え?」


 ケイトちゃんは自分の左目を指差しながら話す。


「両目とも先天性の全色盲。部長が描いたハートマーク、全部白黒にしか見えない…………私なんかがあの先輩方に憧れるのは失礼だよ」


 色を知らない新入生は私の手を振り払って美術室から出ていく。

 私はそんな彼女を引き止める勇気も理由も見つからずに立ち尽くした。




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