第5話「天衣ビューティー」①

■■■前回までのあらすじ■■■



家出少女・華の捜索を依頼された恵美。しかし、華はデリュージンの力を得ていた!

捜索を手伝う出雲たちだったが、謎の戦士、デリューナイト・ゼノンが立ちふさがる!

辛くもゼノンを退けた出雲と、華の心を救った恵美。

果たして、謎の戦士の目的とは……。



■■■あらすじここまで■■■




 真理奈は門扉についたインターホンを押した。少しして小さなスピーカーから応答があった。


 『どちら様?』

 「今日から家政婦で働かせていただく、貝塚 真理奈です!」

 『はぁい、どうぞ』


 門扉が解錠され、真理奈は中に入った。住宅街でもひときわ目立つ豪邸だった。みゃーこに借金を返すために仕事を探していた真理奈は、この家に個人契約の家政婦として通うことになったのだ。


 「──という感じで、日中、私がいない間の家事をやってほしいの」

 「わかりました」


 雇い主は篠崎綾子しのざき あやこ。夫を去年亡くし、今は一人暮らしだという。


 「あの人はお金は沢山遺してくれて、それはありがたいけど……でもやっぱり独りは寂しいの。家に誰かいてくれて嬉しいわ」

 「家にいないっていうのは、お仕事ですか?」

 「いいえ、ヨガとかエステとか、美容関係の用事よ。しょっちゅう行っちゃうの、中毒ね」


 綾子は眉間にしわを作って自嘲した。


 「ええっ、そんなことしなくても綺麗ですよ?」

 「ありがとう。でも、こうして、独りでいると自分のことばかり目についてしまうの。それで、なんだか……自信がなくなったというか、ね。あなたを雇ったのも、そういうので時間が足りないからなの。笑っちゃうでしょ?」

 「いえ、笑いません。美容とかあんまりよくわかんないから、真面目にできてすごいと思います」

 「そう? ありがとう」


 綾子は真理奈に引き続き家の中を案内し、最後に玄関アプローチの説明をした。


 「そうそう、大丈夫だとは思うけど、このあたり最近不審者が出るそうだから注意してね?」

 「不審者?」

 「この近くに城西高校があるんだけど、その近くで生徒をじっと見てる男がいるんですって。まあこんなおばさんのことなんか興味ないでしょうけど、いい気はしないわね」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 出雲は買い出しの袋を抱えたまま、歩道に立ち尽くしていた。


 眼の前には城西高校のグラウンドを囲む鉄柵があるのだが、そこに一人の男がぶら下がって中を覗き込んでいる。周囲に人影はない。


 「あの、何してるんですか……?」


 出雲は声をかけた。男は無言で鉄柵から降り、痕のついた手のひら同士をもみ合わせた。


 「あの……」

 「──失礼いたしました!」


 男はぐるんと振り向くと出雲に大股で近づいてきた。一瞬で距離を詰めると、今度は出雲の手をとってきた。出雲は声にならない悲鳴をあげた。すると男は出雲の手に名刺を握らせた。


 「私、こういう者です」


 出雲は名刺を見た。名刺には『美の求道者 桜坂享司さくらざか きょうじ』と印刷されている。彼の背は高く、顔立ちは優男といった感じだ。変質者でなければ女性に人気かもしれない。


 「驚かせてしまったでしょうが、このように私は怪しい者ではありません。安心してください」

 「怪しいんですが……」

 「そこに書いているとおり、私は究極の美を追い求めています。私の空想を体現してくれる、私だけの美女神ヴィーナスを。数日前、私はこの学校のとある生徒にそれを見ました。そういうわけで、ここでその生徒がいないか見張っているのです」

 「…………」

 「それがあの人です!」

 「えっ?」


 享司は大声とともに出雲の背後を指差した。出雲は振り向くが、その方向には誰もいなかった。視線を元に戻すと、すでに男の姿はなかった。


 「に、逃げられた……」


 このとき、出雲は『享司』という名前に記憶を想起しそうになっていたのだが、強烈な不審者に心をかき乱され、その機会は失われてしまった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「こんにちは」


 家に戻ろうとした真理奈と綾子は声をかけられた。振り向くと、美少年が立っていた。美少年というのは、門扉越しに男子制服を着ているのが見えたからで、その顔立ちだけを見れば少女と認識してしまうだろう。凛とした目鼻立ちとスラリとした手足は、少女漫画から抜け出した王子様か、男装の麗人のようだった。


 「こんにちは、あきらくん」

 「そちらの方は?」


 綾子は美少年と言葉を交わした。


 「うちに来てくれることになった家政婦の貝塚さんよ」

 「あ、よろしくおねがいします」

 「隣に住んでいる薬院やくいんあきらです。よろしくお願いします」


 あきらと名乗った少年はさわやかに会釈をした。


 「では、失礼します」


 控えめに微笑んで、あきらは隣の家に入っていった。


 「すごい美少年ですね。王子様みたい、あるいはお姫様みたい」

 「そうでしょ。男の子なのにあんなに綺麗だと、こっちも立つ瀬がなくて」


 綾子は苦笑いした。真理奈もあわせて苦笑いを返したが、綾子が頭に手を当ててつらそうな表情をした。


 「大丈夫ですか?」

 「うん、ちょっと気分が……。すぐよくなるわ。じゃあ、明日からよろしくね」


 綾子は真理奈との話を切り上げて家の中にはいった。


 自室に入ると綾子は化粧台の鏡にすがりつくようにして自分の顔を見つめた。


 「あきらくんは男の子なのにあんなに綺麗なのに、私は……私は……。ああ、右の目尻が下がってる……。他にも、他にも、ああ、私からバランスが失われていく……」


 そのとき綾子は妙なものを街で受け取っていたことを思い出した。丸眼鏡をかけた女からもらったものがあったのだ。


 「あなたのエゴで、世界を塗りつぶしてみませんか?」


 そう言って女が渡したものを、化粧台の引き出しから綾子は取り出した。『それ』はデリュージンカードだった! デリュージンカードに絵柄が浮かび上がる!


 「もっと美しさを……もっとバランスを……!」


 綾子は天秤デリュージンに変貌した! その名の通り、銀色の素体に天秤を模したアーマーをまとい、その手にも天秤を携えている。


 「綾子さん、大丈夫ですか? 心配だから見に──」


 真理奈が部屋のドアを開けると、天秤デリュージンと出くわした。


 「デリュージン!? 綾子さんが!?」

 「……


 天秤デリュージンは真理奈を突き飛ばすと風のように廊下を駆け、家の外に出た。


 「一体何が……とにかく追いかけないと!」


 真理奈はスマートフォンを取り出し、出雲に連絡をした。




夢幻実装!! 流星カリバー 第5話① 終

第5話②へ続く

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