第3話「業火ディテクティブ」②

 城西高校に昼休みの活気が満ち始めた。皆、短い昼休みの間に午後の授業を乗り切る英気を養うべく行動しているのだ。


 そこへふらふらと夢遊病者のような足取りで現れた男がいた。件の国語教師、石田であった。石田はなにかをブツブツとつぶやいていた。


 「と……は……。……という……は……」


 石田の掌の中でデリュージンカードがどす黒い波動を放った。


 「『人』という字はぁぁぁああああ!!」


 地面から這い出してきた影と石田の姿が重なる。石田は銀色の素体に黒板型のアーマーをまとう、漢字デリュージンに変貌したのだ!


 突如として現れた怪物に生徒や教職員は悲鳴をあげる。漢字デリュージンは胸の黒板に『人』という字を書いた。


 「『人という字』ぁぁあああーっ!!」


 漢字デリュージンの身体から波動が放たれると、周囲の人々に異変が生じた。彼らの身体から力が抜け、近くにいる人と支え合わないと立っていられなくなってしまった。


 「はははははは! 思い知ったか、漢字の意味を!」


 漢字デリュージンは彼の版図を拡げるべく校舎を飛び出していった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その部屋の中は落ち着いた色合いの調度品でまとめられていた。大きな本棚には細かくラベリングされたファイルが整然と収まっている。


 部屋の中には三人の人間がいた。


 一人目は気怠そうな雰囲気の青年。しかし、我々はこの青年を知っている。この青年は縄文時代への妄執に憑りつかれた大学教授・枝野にデリュージンカードを手渡したあの青年だった。


 二人目は丸眼鏡をかけた知的な美女。我々は彼女のことも知っている。眼鏡への狂信的な愛を抱えた眼鏡屋・倉本にデリュージンカードを手渡したあの美女なのだ。


 となると三人目は言うまでもない。頑なに嘘の漢字の成り立ちを信じる国語教師・石田にデリュージンカードを渡したあの男だ。


 デリュージンを生みだすべく暗躍したもの三人が一堂に会するこの場は一体何なのか。


 初老の男が二人を見回した。


 「夢創プロダクションが、我々の本格的な活動開始に間に合ったようだな。どうだね、七隈ななくまくん」


 七隈と呼ばれた青年は着崩したジャージを苛立ちながらいじった。


 「ああ、俺が見つけたやつのとこに現れたよ。あっさり負けちまった。面白そうなやつだったのに、残念だ」


 「呉服町ごふくまちくんはどうかね」


 呉服町と呼ばれた美女は嘆息しながら眼鏡のズレをなおした。


 「私が見つけた人も同じく、です。もっとあの人のことを知りたかったんですが……残念」


 男は顎を指先でなでながら、思案するような素振りを見せた。


 「では、私が見出したデリュージンのところにも現れるだろうな。……なるべく多くのデータが取れるよう祈ろう」


 男が見つめるモニターには、漢字デリュージンの姿が映し出され、その横でいくつものグラフが目まぐるしく動いていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「夢創プロダクションのことはだいたいわかったけど、デリュージンカードを配ってるやつらはどういう連中なんだ?」


 出雲は真理奈をちらりと見た。


 「こいつの話だと、イデアライズカードとデリュージンカードを作る物質を研究してた人たちが、方針の違いから対立したみたいな感じだったが」


 真理奈が出雲を肘で小突いた。


 「何よ『こいつ』って。名前教えたでしょ?」

 「いや、別にこう……」


 ぎこちない二人の様子をみゃーこがせせら笑う。


 「あらあら、何とも上手く行ってなさそうね。こんな頼りないなら、エミリンが唯一絶対のヒーローになってもらうしかないわね」

 「はぁ?」

 「それより、デリュージンカードの出所ね。──『ルードゥス』という組織よ」


 みゃーこの挑発に乗りそうになった真理奈だったが、ルードゥスの名を聞いてその表情にいささか緊張が走った。


 「でも、わかってることは少ない。箱崎はこざきという男がリーダーであるらしいこと。デリュージンカードを使って何らかの実験をしていること。何人か部下がいるらしいこと。これだけ」

 「実験、か……」


 では、デリュージンを生み出してそれが何をするかよりも、デリュージンを生み出すことそのものが目的ということか。出雲はそう理解した。


 そのときだった。デリュージンの放つ空想領域の波動がカフェ・サンデーの店内を駆け抜けていった。


 出雲たちがそれに気づくと、異変はすぐに目に見える形となってあらわれた。


 出雲と真理奈、みゃーこと恵美、隣り合ったそれぞれが互いに身体を預けあったのだ。


 「おい、お前くっつくなよ!」

 「いや、したくてしてるわけじゃないんだけど……」

 「イギャーッなになにエミリン急にちょっとファンサやばすぎマジ何いいにおいするんですけど死ぬちょっとやばやばやば!!」

 「落ち着け。よく見ろ。他の客もだ」


 恵美の言うとおり、店内にいた一組の客も同様に身体を預けあっている。一人で作業をしていた藤崎はテーブルにすがりつくようにして倒れていた。


 「藤崎くん大丈夫!?」

 「店長……なんか……力が抜けて……」

 「……ひとりでは立てなくする能力、か?」


 恵美はデリュージンの能力を推察する。そんな彼女の肩をみゃーこが抱いた。


 「とにかく、デリュージンの仕業ならさっさと倒して解決しましょ! ほらエミリン、二人三脚!」

 「わかった」


 みゃーこと恵美は互いの肩を抱き、二人三脚でカフェを出ていく。しかし、みゃーこは出口をまたいだところで振り返り、真理奈の方を見た。


 「じゃ、お先に。バカ真理奈。あんたの考えたダサダサヒーローじゃ、紅火くれないアーチャーを超えるなんて無理よ」


 嘲笑を投げかけるとみゃーこは恵美との二人三脚を続行した。


 「──ゆるさん!!」


 売られた喧嘩を衝動買いした真理奈は強引に出雲の肩を抱き、大股で二人三脚をしてみゃーこたちを追った。その様子は二人三脚というよりほとんど真理奈が出雲を引きずっている構図に近かった。


 「うわーっちょっと待っ……! ごめん藤崎くんすぐ戻るから!」


 力なく壁に横たわる藤崎に言葉をかけ、出雲は流星カリバーとしての使命を果たすべく引きずられていった。






夢幻実装!! 流星カリバー 第3話② 終

第3話③へ続く





 

 


 

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