第3話「業火ディテクティブ」①

■■■前回までのあらすじ■■■


 貝塚真理奈との出会いによって『流星カリバー』に変身し、世界を侵食する怪人『デリュージン』と戦うことになった西新出雲。


 人間不信の出雲は戦うことを拒否するが、デリュージンに大切なものをふみにじられる人を見過ごせずに流星カリバーを続けることを決意する。


 見事デリュージンを倒した出雲たちだったが、彼らに謎の影が迫っていた……。


■■■あらすじここまで■■■



 城西高校国語教師の石田は黒板に大きく「人」という字を書いた。


 「いいか、『人』という字はだな、二人の人間が支え合ってできてるんだ。お前らも自分のことばかりじゃなくて……」


 つい、石田の口が止まってしまう。生徒たちに彼の話が響いた様子はなく、ぽかんとした表情を浮かべているか、もしくは端から無視して授業を妨げない範囲で好きなことをしているかだった。


 「おい、お前ら! 先生の話を──」

 「先生」


 一人の生徒が挙手した。


 「『人』という漢字の成り立ちはそうではありません」


 生徒は席を立つと黒板まで歩み出て、チョークで黒板に『イ』が曲がったような字を書いた。


 「おい、勝手に……」

 「このように、人間を横から見た象形文字が原型となって『人』という感じになったのであり、二人の人間が支え合っているというのは俗説です」


 「おぉー」というどよめきが教室に広まっていく。


 「いや、それは……」


 石田の言葉は教室の雰囲気に呑まれてそれ以上出てこなかった。


 退勤後、すっかり暗くなった道を力無い足取りで石田は歩いた。


 「正しい漢字の成り立ちが何だ」、石田は国語教師であるにも関わらずそんなことを考えていた。木とか動物がどうこうといった正しい成り立ちよりも、現代の人々の心に響く成り立ちの方がおぼえやすいし、良い気持ちになる。ならそちらの方が役に立つではないか。そちらを教えた方がいいではないか。


 「いいものをお持ちですね」


 不意に声をかけられて石田は立ち止まった。振り返ってよく見ると街灯の影に誰かがいた。何者かは街灯の光の中に進み出た。黒い髪を撫で付けた男だった。目元の皺が彼がそれなりの年齢であることを物語っている。


 「いいもの、とは?」


 石田が尋ねると、男は指でトントンと自分の頭を叩いた。


 「あなたの、頭の中の話ですよ」

 「頭の……?」


 男は石田に歩み寄り、何かを差し出した。黒い物体……デリュージンカードだ。


 「使ってみなさい。あなたの空想で、世界を支配するのです」


 石田は吸い寄せられるようにデリュージンカードを受け取る。するとデリュージンカードに絵柄が浮かび上がった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 カフェ・サンデーのテーブル席で真理奈はスマートフォンをにらみながらうなっていた。もうかれこれコーヒー一杯で二時間粘っている。カップの中身はほとんど残っていないのだが、真理奈は薄く残ったそれを「まだありますが?」といった顔で少しずつ舐めとるように減らしていった。


 「タダにするからおかわりしたらいいだろ」


 見るに見かねた出雲がそう言った。


 「結構です、まるで誘導したみたいじゃんそういうの」

 「じゃあ普通にもう一杯たのめばいいだろ」

 「なるべく節約しないと、早いとこみゃーこにお金返さないと何言われるかわかったもんじゃない……。今だって、ほら」


 真理奈はスマートフォンの画面を出雲に見せた。求人サイトが表示されていた。


 「遊んでたわけじゃなくて、ちゃんと仕事探してんの」

 「『みゃーこ』って、もしかして別の原作者?」

 「そう。私は仲良くしたいんだけど、昔から私に突っかかってきたり嫌がらせしてきたりするの」


 どんな風に、と出雲が聞こうとしたそのとき、サンデーのドアが開いて取り付けられたベルが鳴った。


 「あー! いたいたバカ真理奈!」


 甲高い嘲笑に思わず真理奈は振り返る。みゃーこがツインテールを揺らしながら真理奈を指差して笑っていた。


 「みゃーこ!」

 「えっ、あれが?」


 真理奈は出雲の問いかけに、目を合わせず首肯だけで答えた。


 みゃーこは傍らのレザージャケットの女性にしなだれかかりながら真理奈と同じ席に座った。


 「ここがあんたの適合者の店? まあまあいい雰囲気じゃない」

 「なんでここがわかったの!? ていうか、その人誰?」

 「この人はぁ〜、私の『推し』! 『紅火くれないアーチャー』の適合者よ!」

 「赤坂恵美あかさか えみだ、よろしく」


 紅火アーチャーの適合者と紹介された女性は軽く会釈をした。


 真理奈は目を丸くしてたずねた。


 「紅火アーチャー……って、弓矢で戦うクライムファイターだっけ?」

 「そうよ。エミリンをひと目見たときにビビビッ!と来ちゃって、『この人にしか私の紅火アーチャーは任せられない!』と思ったわけ。まさにはまり役。すごいのよエミリンって。なんと凄腕の私立探偵なの! かっこいいでしょ?」

 「あまり人前で言わないでほしい」


 恵美はぽつりとこぼした。だが恵美の表情は先ほどから無愛想なポーカーフェイスのままだ。


 「えっと、みゃーこ……さん?」

 「みゃーこでいいわよ」

 「花子でもいいよ」

 「ちょっと! ダサい方の名前教えないでよバカ真理奈!」

 「ダサい方……?」

 「この子の本名。『宮前花子みやまえ はなこ』っていうんだけど、昔からそっちの名前で呼ばれるの嫌がるの。いい名前だと思うけどな、画数少なめで」


 真理奈は「一本取り返した」と言いたげな表情だ。みゃーこは舌打ちした。どちらもこのやり取りには慣れきっているようだった。


 「で、バカ真理奈の適合者、何?」

 「あ、出雲です。西新出雲」

 「何の用? 出雲」

 「真理奈もだけど、みんなどういうつながりっていうか……デリュージンと戦ってる人の背景が知りたいんだけど」

 「バカ真理奈に聞いてないの? ああ、説明下手だもんね」

 「下手じゃないけど!」


 真理奈はハンドバッグからリングノートを取り出し、最後のページを1枚切り取った。そこに丸を三つ描き、それぞれに名前を書いていく。綺麗な達筆だった。


 「──私たち原作者は全部で三人。私、バカ真理奈、それと享司きょうじおじさま」

 「享司……?」


 真理奈とみゃーこは眼を見合わせて困った笑いを浮かべた。


 「まあ、話長くなるし」

 「今は、まあ、ね」


 みゃーこは三人の名前を入れた丸三つの上に別の丸を描き、そこに『先生』と書いた。


 「イデアライズカード諸々の出自については?」

 「それは聞いた」

 「じゃあ割愛。この『先生』ってのが、私たちを原作者として育成した人」


 みゃーこはさらにそれらの丸を大きな丸で囲んだ。


 「で、私たち原作者の集まった組織が──」


 大きな丸の外周にみゃーこはその名を書いた。


 「『夢創むそうプロダクション』。あなたたち適合者はそれぞれの空想ストーリーのためにスカウトされた逸材、ってわけ」






夢幻実装!! 流星カリバー 第3話① 終わり

第3話②につづく


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る