第2話「覚悟スタンバイ」②

 奮闘むなしく真理奈につかまった出雲はアームロックをかけられながらポケットにツケの代金をねじこまれてしまった。


 「無理矢理でごめんけど、これでお金は払ったからね」

 「はぁ……はぁ……教えろ……」


 出雲は地べたにうずくまったまま声をしぼりだした。


 「何を?」

 「『流星カリバー』ってなんなんだ……! 教えろ……!」

 「いいよ」


 二人はカフェ・サンデーへの道を戻りながら話した。


 「だいたい20年前、特殊な鉱石が見つかったの。それを加工して作られたのが──」


 真理奈の手から光が散る。そこには流星カリバーへの変身に使った透明なカードがあった。真理奈はさらに変身に使ったブレスレット──夢幻チェンジャーを取り出した。


 「──これ。『イデアライズカード』。簡単にいうと、このカードには『空想』と『現実』をつなぐ力がある」

 「じゃあ、流星カリバーってのは……」

 「そう、私がつくった空想ストーリー主人公ヒーロー。それにあなたが適合したから、この夢幻チェンジャーで流星カリバーに変身できたわけ。誰にでも変身できるわけじゃないから、マジですごいんだよ?」

 「じゃあ、あの『デリュージン』とかいう怪物は?」

 「あれはこれとはちょっと違う……黒い『デリュージンカード』を使うの。デリュージンカードを媒介に、個人の空想を当人の肉体を起点として現実に投影することで変異する怪人──それがデリュージン」


 はいそうですか、とは言い難い内容を出雲は頭の中で咀嚼する。いまだに信じがたい話ではあるが、そう言われればあの土偶の怪物にも納得がいく。縄文時代がどうとか言っていたので、彼の中の縄文時代への妄執が現実を侵食した結果、ああいう怪現象がおきたということか。


 「でもなんで似たような技術を使ってるんだ?」

 「それがねー、さっき言った特殊な鉱石の使い方を巡って研究者で対立が起きちゃったわけ。一方はこの虚構と現実をつなぐ技術で世界を好き勝手に改変することを企んだ。もう一方はそれに対抗すべく、高次の空想能力を持つ『原作者』たちを育成して、それに対抗した」

 「なるほどな……」

 「というわけで、これからも流星カリバーとしてよろしくね!」

 「嫌だ」

 「なんで!? 謎が解けたからスッキリして協力してくれるんじゃないの!?」

 「スッキリってほどじゃないけど……とにかく、付き合ってられるか」


 出雲は真理奈を置いて速足で歩いた。真理奈は追いつくと通せんぼをするように出雲の前に立つ。


 「さっきも言ったでしょ、流星カリバーになれる人間なんてそうそういないの!」

 「『原作者たち』とも言ってたよな、さっき。他にも仲間がいるんだろ? そいつらに怪物退治してもらえばいいじゃないか」


 予想外に自分たちのことを見抜かれて、真理奈はどきりとした。


 「たしかに仲間はいるけど……でも人は多い方がいいじゃん!」

 「……流星カリバーの話が頭に流れて来たとき、正直『かっこいいな』と思ったよ。勇気をもらえた。俺は流星カリバーのことを信じられてるんだろうな」


 出雲は真理奈をまっすぐに見た。


 「でも、あんたのことは信じ切れない。だからこれからも戦うってのは無理だ」

 「なんで? 食い逃げしたから?」

 「違う。……自分で言うのもなんだけど、俺ってお人好しでさ。頼まれたらすぐ協力しちゃうんだよ、本当は。でもそのせいでいろんな人からだまされたり利用されたりしてきたから、簡単に人の事を信じないようになった」

 「……そっか」

 「だからあんたのことも信じられない。だから協力できない。……悪いな」

 「わかった」


 真理奈は切り替えたようにさっぱりと答えた。出雲は少し意外に感じた。もっと引き留めてくるのかと思ったからだ。


 「こっちの都合で巻き込んでごめんなさい。それと、この前は協力してくれて、本当にありがとう」


 真理奈は踵を返してその場から去っていった。その姿を出雲は少しあっけにとられながら見つめた。嵐のような女だった。しかし、台風一過の青空のように快活な人物でもあった。


 白昼夢から覚めたような気持ちになりながら出雲はふたたびカフェ・サンデーへの道を歩く。おそらく店では藤崎がワンオペをしていることだろう。急いで戻らなければ。




 そのときだった。虹色の波動が街を駆け抜けていったのを出雲は感じた。




 「今のは……!?」


 先日、土偶デリュージンが現れたときと似た感覚。それが今再び感じられたということは。


 「……俺には関係ない」


 出雲は自分の店への道を駆けた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「眼鏡だ! 眼鏡をかけろ! フハハハハハハハハ!!」


 眼鏡を妄信的に愛する眼鏡屋・倉本が変貌した眼鏡デリュージンが街を駆ける。真っ赤なフレームの眼鏡と眼鏡の意匠をあしらった銀色の甲冑が陽光を反射している。そのギラギラとした輝きは倉本の眼鏡への異常な愛情を表現しているかのようだった。


 眼鏡デリュージンはすれちがいざまに市民に自らがチョイスした眼鏡をかけさせていく。人々は戸惑って眼鏡を外そうとするが、その眼鏡は眼鏡デリュージンの空想領域の中では絶対に外すことができないのだ。


 「ん!? お前は眼鏡をかけているのか! 感心感心!」


 「ヒィッ! ありがとうございます!」


 黒縁の眼鏡をかけた男は怯えながらも穏便なコミュニケーションを試みた。


 「だがセンスが悪い! こっちをかけろ!」


 「ヒィィィーッ!!」


 眼鏡デリュージンは男の眼鏡を強引に奪うと自分が生み出した眼鏡をかけさせた。


 「フハハハハハハハ! 俺の力で世界を眼鏡の千年王国にしてやる! そして俺こそが眼鏡帝王となるのだ!」


 眼鏡デリュージンは笑いながら、さらに多くの眼鏡をかけさせるべく走り出した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 出雲が店につくと、藤崎と客がみんな眼鏡をかけていた。


 「店長どこ行ってたんですか!」


 藤崎が怒った。


 「ご、ごめん。それより、なんでみんな眼鏡を?」

 「なんか急に怪物がやってきて無理矢理眼鏡をかけさせたんですよ。俺視力2.0だからいらないのに……」

 「怪物が……そっか……」


 さっきの話ではデリュージンというのは個人の空想を世界に押し付ける怪物らしい。きっと眼鏡に対して思うところのある人間が今回のデリュージンの正体なのだろう。


 出雲は「大したことなさそうだな」と思った。これぐらいならやっぱり自分が戦わなくてもいいではないか。デリュージンの影響範囲は次第に拡大していくと以前言っていたが、それだって眼鏡をかけさせる程度ではたかが知れているだろう。


 そのとき、客のなかにいた小学校低学年ほどの少年が大声で泣き始めた。出雲は思わず駆け寄った。


 「君、どうしたの? 怪物に怪我でもさせられた?」

 「ちがう……眼鏡……」


 少年は嗚咽をこらえながら涙をぬぐおうとした。しかし、眼鏡がどうしても外れないので彼の顔はさらにぐしゃぐしゃになってしまった。


 「眼鏡? 眼鏡かけるの、そんなに嫌なの?」

 「違うんです」


 同席していた彼の祖母と思しき女性が出雲に話しかけた。


 「この子、母親に買ってもらった眼鏡をかけてて、とても大事にしていたんです。ちょうど今この子の母親は入院していて、それからは輪をかけて眼鏡を大事にするようになりました。でも、さっき怪物が『もっと洗練された眼鏡をかけろ』とその眼鏡を奪ってしまって、代わりに今かけてる眼鏡を……」

 「お母さんの……眼鏡……ぐすっ……」


 出雲の中に義憤の火が灯った。それと同時に事態を軽んじた己への怒りも。


 「藤崎くん!」

 「な、なんですか?」

 「俺を殴ってくれ!」

 「はあ?」

 「いいから早く! 思いっきり頼む!」

 「わかりました」


 藤崎は出雲を殴った。藤崎の拳は綺麗に出雲のみぞおちに突き刺さり、出雲は絶息してうずくまった。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「普通こういうとき顔殴るだろ……」

 「『こういうとき』をよく知らなくて……」

 「はぁー……はぁー……。とにかく、ありがとう。吹っ切れたよ」


 出雲は泣いている少年の手を握った。


 「大丈夫だよ。眼鏡、絶対戻ってくるから!」


 出雲は再び店を飛び出していった。




夢幻実装!! 流星カリバー 第2話② 終

第2話③へ続く。

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