第1話「虚構ビリーバー」②
「ごちそうさまでした!」
大量の料理を食べ終えたユキは先程までの様子が嘘のようにケロッとしていた。
「うん、彼氏のこと忘れられた?」
「はい! 本当にありがとうございました!」
料理をおごると言い出した真理奈は心なしか顔色が青く見える。
「私、がんばって強く生きます! また会えたらそのときは是非お礼させてください!」
「う、うん、がんばってね……」
「あの、お支払いを……」
「えっ、あっ、はい!」
出雲が伝票を差し出すと彼女は慌てて財布を開けた。
「…………」
数秒間真理奈は沈黙し、今度は財布に入れていた通帳を開いた。ページを何度も行ったり来たりするたびに彼女の顔色がさらに悪くなっていく。次第に出雲の顔色も悪くなり始めた。
真理奈は通帳をそっと閉じ、財布に戻した。にわかに彼女は立ち上がると腰を直角に曲げて出雲に頭を下げた。
「あ、あの、三日、いや二日、いや、明日までにはお支払いします! 今持ち合わせが無くて!」
出雲は一瞬「あ、そうなんですね」と素直に信じかけた。即座にこれまでのトラウマを思い出し、頭を振る。脳裏に「食い逃げ」という文字がぼんやり浮かび始めた。
「店長、店長」
出雲の意識の混乱を感じてか、藤崎が声をかけた。藤崎は小声で出雲に言った。
「とりあえず名前と連絡先聞いて、期日までに来なければ通報する、でいいかと」
「そうだね……ありがと……」
出雲は藤崎に言われたことをほぼそのまま女性に告げる。
「はい……ほんとにすいません……ありがとうございます……」
彼女は平謝りしながらスマートフォンを操作して自分の連絡先を表示した。出雲はそれを自分のスマートフォンに控える。
「えっと名前は……」
「はい、
「貝塚真理奈、ね……。えっと、疑うわけじゃないけど、試しにいま電話してもいい?」
「はい、おねがいします」
出雲は自分のスマートフォンからましろに電話をかけようとした。そのとき、虹色の波動が店内を通り過ぎていった。その光をはっきりと認識できたものはいなかったが、皆一様に違和感をおほえて周囲を見回した。
「えっ!? なにこれ!?」
出雲は自分のスマートフォンを見て驚愕した。スマートフォンは複雑な紋様の入った粘土板……否、土器に変わっていた!
「え? どういうこと?」
「私のも!」
店内の他の客のスマートフォンも土器に変わっていた。出雲がはっとして振り返ると、店のコーヒーマシンまでもが土器になっていた。
「なんだこれ……」
「まさか、デリュージン!?」
真理奈が緊張に満ちた顔で言った。
「デリュージン?」
「こうしてる場合じゃない! 急がないと!」
真理奈は弾けるような勢いで店を飛び出した。
「えっ!? あっ!?」
出雲は店の出入り口から顔を出した。真理奈はものすごい速さでみるみる店から遠ざかっていく。
「食い逃げ!!」
出雲はそう叫ぶとエプロンを脱ぎ捨ててましろを追いかけた。もっとも、真理奈はおごってばかりで何も食べなかったので食い逃げと呼ぶのは適切ではないのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スマートフォンにインストールされたアプリを頼りに、真理奈は事件の現場へ駆けつけた。
街中のあらゆる機械が土器に置き換わっていた。信号機はその機能を失っていたが、不幸中の幸いは自動車さえもが土器になってその動きを止めていたことだろうか。
冗談のような異常事態を前にして逃げ惑う人々の先に、事態の元凶──土偶デリュージンがいた。
「軟弱な現代人よ! 今こそ祖先の力を取り戻せ! 古の超文明へと回帰するときだ!」
高らかに叫びながら土偶デリュージン街を闊歩する。恐怖のあまり尻もちをついたサラリーマンが土器になったスマートフォンを取り出す。
「つ、通報! 警察? 自衛隊? なんでもいい!」
男は半狂乱になり土器を指で叩くが何も起きない。
「で、できない!」
「そんなことはない! お前ならできるはずだ!」
「ヒッ!」
土偶デリュージンはサラリーマンに檄を飛ばした。
「もっと精神を集中させろ! そうすれば土器に刻まれた回路が作動し、元のように使えるはずだ!」
「は、はい!」
サラリーマンは目をつぶって土器スマホに念じた。しかし、土器スマホは微動だにしない。
「無理です!」
「無理だとぉ?」
土偶デリュージンはサラリーマンの首根っこをつかんで持ち上げた。
「軟弱な現代人め! 貴様には必死さが足らん! 俺が
土偶デリュージンはサラリーマンを投げ飛ばす。サラリーマンはじたばたと無様に逃げていく。土偶デリュージンはサラリーマンをはじめ逃げ惑う人々へ手から光弾を放った! ビルの外壁や街路樹に光弾が当たって爆発し、人々の恐怖は加速する!
「ハハハハハハ! 逃げろ逃げろ! もっと
そのとき、土偶デリュージンが真理奈の姿を捉えた。
「ムッ!? 貴様、なぜ俺の世界で悪しき現代機器を使える!?」
真理奈は恐怖に慄く人々と土偶デリュージンを見ながら、自分に課された使命を思い出していた。自分たちを導いてくれた声を思い出していた。
「──君の世界を、君の物語を信じてくれる者を見つけるんだ。そうすればデリュージンに対抗できる……」
真理奈は拳を握りしめた。
「ごめん先生、約束破るね……!」
「俺の世界を汚す異物め! 消えろ!」
土偶デリュージンは真理奈に向けて光弾を放つ!
真理奈は意を決して『己の力』を──
「危ない!!」
真理奈は衝撃を感じた。出雲が自分ごと彼女を突き飛ばしていたのだ。
さっきまで真理奈が立っていた場所を光弾が通過し、後ろのアスファルトに着弾した。
「さっきの……店長さん……? なんで!?」
「いや、だって……ごめん、君、足速くて……息が……」
真理奈に追いつこうと懸命に走ったのだろう。出雲は息も絶え絶えに質問に答えた。
「はぁ、はぁ……食い逃げかと思って追いかけたら、なんか、危なかったから……」
「いや、危なくはなかったし食い逃げでも……いや、まあ、食い逃げになるか……ごめんなさい」
困りながらやり取りをして、真理奈は気づいた。食い逃げをさせないためだったとはいえ、目の前の男は身を挺して人の命を救おうとする人間なのだと。
「ごちゃごちゃ何をしている! まとめて消えろ!」
真理奈と出雲に土偶デリュージンはふたたび光弾を放った!
しかし、光弾は二人に届かない。真理奈の身体から飛び出した謎の光がバリアで二人を包み込み、光弾をはじいていたからだ。土偶デリュージンはなおも攻撃を続けている。
「何!?」
光は出雲の手に吸い寄せられ、彼の手の中で一枚のカードになった。透明な厚いプラスチックのような材質で縁には幾何学模様が施され、中央には星型の仮面をつけた剣士のイラストが表示されている。
「え!? なにこれ!?」
「イデアライズカードが、反応した……!?」
次の瞬間、出雲の頭の中に目まぐるしいイメージが流れ込んできた。様々な無法者や悠久の時を生きる邪神。それらから力なき人々を守る、『星の聖剣』を携えた正義の剣士の冒険譚。剣士の名は……『流星カリバー』……。
一秒にも満たない刹那だったが、出雲の精神は長い時間の経過を感じていた。ちょうど、4クールのテレビ番組を一気に見終えたときのように。そしてその剣士の姿は出雲の心に勇気と高揚感を残した。
「い、今のは……!?」
「見えたんだね、『流星カリバー』が! 私のヒーローが!」
真理奈は出雲の左腕をつかむと、腕輪のような機械を取り付けた。
「おい、なんだよこれ!?」
「説明は後! 」
「いやちょっとぐらい教え、ろ──」
出雲に着けられた腕輪──『夢幻チェンジャー』が輝くと、出雲はその使い方を瞬時に理解させられた。
それと同時に二人を守るバリアがついに砕け散った。だが出雲の眼に怯えはない。自分のやるべきことが分かっているからだ。
左腕の夢幻チェンジャーにイデアライズカードを装填すると、解放された波動が土偶デリュージンを吹き飛ばした。
夢幻チェンジャーから流れる音に導かれるように出雲の身体が『構え』をとった。左手の指を三本立てて星の光を象り、流星のように右から左へ水平に動かす。それを追う右拳が左腕とクロスするように夢幻チェンジャー正面のスイッチを押した。口がひとりでに言葉を紡ぐ。
「──夢幻実装!」
【イデアライズ!】
ブレスの輝きが最高潮に達し、システム音声が鳴り響く。
出雲が左腕を天に掲げると、ブレスから伸びた一条の光が上空に流星カリバーのイデアライズカード状のゲートを作った。
開いたゲートから何かが降り立つ。剣を携え、星の仮面を身に着けた剣士のエネルギー体であった。
砕けたゲートの破片が出雲の身体を包み、黒い素体スーツとなった。
剣士のエネルギー体は黄色い透明なアーマーへと変換され、出雲の身体の各部に装着される。
【流星カリバー!】
【星の
夢幻チェンジャーが変身の完了を宣言する。その手の中に星剣『スターブリンガー』が
「ほんとに、会えた……!」
出雲が変身した流星カリバーを目にして、真理奈は喜びに打ち震えた。
夢幻実装!! 流星カリバー 第1話② 終
第1話③に続く
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