夢幻実装!! 流星カリバー

郷里侑侍

夢幻実装!! 流星カリバー

第1話「虚構ビリーバー」①

 日曜日の昼下がり。広場では人々が自らの時間を過ごしていた。そこに、なにかに憑りつかれたような、虚ろな目の男が現れた。


 男は広場の中心に立つと、手に持っていた黒いカードのようなものを空に掲げた。カードが妖しく光ると男は禍々しい光に包まれた。


 「ウオオオオオオオオオ!」


 謎の光が消えると、男は異形に変貌していた。金属のような肌に血のような紅が走り、口元は獰猛な牙がずらりと並んでいる。ファンタジー作品に出てくる竜人のような姿だ。


 目の前の異常な光景に広場の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。怪物が腕を振るうと光弾が飛び、爆発を起こす。


 「はは、はははははは! すごい力だ! 」


 笑いながら怪物は光弾を次々に放つ。幸いにも逃げる人々に被害はないが、それも時間の問題だろう。


 「逃げろ逃げろ! 俺を恐れろ! ははははははは……あ?」


 怪物の視線が一点で止まった。一組だけ逃げていない男女がいたのだ。


 「あ。ほら、真理奈。はやくしないと……」

 「まっへ、もうちょっとで食べ終わるから」


 男は菓子パンを食べる女を急かした。しかし、彼らに怪物を恐れる様子はない。


 「おい、そこのカップル! 俺が怖くないのか!」

 「え? カップル? えっ、そう見える?」


 男は恐れるどころかカップルと呼ばれたことに照れている。隣の女がパンを口に押し込んで立ち上がった。


 「ふぁふふふぁまいひ、ふんふんほわふわい!」

 「は?」


 女は『待った』をかけるように手をつきだした。パンを急いで呑みこもうとしているのだろう、口元がものすごい速さでもごもごと動いている。怪物も呆気に取られて素直に立ち尽くしている。女の口が空になった。


 「カップルじゃないし、全然怖くない!」

 「何ぃ!?」

 「えっ!?」


 怪物と、なぜか男が同時に驚いた。男の方は「そっか、そだよね……」とつぶやいてバツが悪そうにしている。


 あまりの緊張感のなさに怪物の怒りが頂点に達した。


 「そうか、じゃあその勇敢さを恨みな!」怪物が光弾を放つ。「死ね!」


 光弾が爆炎のなかにカップルの姿を隠した。


 「ざまあないぜ! ははははははは──」

 「カップルじゃないらしいし、お前のことなんか全然怖くないが──」

 「……え?」

 

 またしても怪物の哄笑が打ち切られた。今殺したはずの男の声がする。なぜ?


 怪物の疑問が晴れぬまま、炎の帳がかき消えた。


 「──勇敢ってとこだけは当たってるぜ」


 そこには先ほどの女と──星のように輝く鎧をまとった、仮面の剣士がいた。


 「な、なんなんだお前ら!?」


 想定外の事態にうろたえる怪物に剣士は斬りかかった。剣士は先ほどの男の声で答える。


 「お前みたいなのを退治しにきたんだよ!」

 「そうだー! やれオラぁー!」


 女は腕を振り回しながら剣士に檄を飛ばす。

 

 剣士は怪物に飛びかかり、手にした長剣で斬り付けた。白煙と共に火花が散り、怪物の銀色の装甲を傷つけた。


 怪物は鋭い爪で剣士を捕えようとするが、剣士は爪の攻撃を剣で受けると返す刀でなおも怪物に太刀を浴びせる。さらに剣士はがら空きになった胴体に後ろ回し蹴りを叩き込む。怪物はうめきながら地面を転がっていく。


 「こんなバカな、俺は、人間を超えるはず……」

 「安心しろ、すぐに人間に戻れるぜ」


 剣士は長剣の鍔についた十字星型のエンブレムを三回押し、柄のトリガーを引いた。


 【コズミックスパーク!】


 剣が機械音声を発し、刃が発光する。


 「──はあっ!」


 剣士が輝く剣を袈裟懸けに振るうと星型のエネルギー刃が回転しながら発射され、怪物の身体を切り裂いた。


 「うおおおおおおおお!?」


 怪物は爆発し、すぐにその炎も消え去った。あとには人間に戻り気を失った男と、その傍らに彼が持っていたカードの破片だけが残された。


 仮面の剣士は何者なのか? パンを食べていた女は何者なのか?


 すべては4か月前に遡る……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 コーヒーショップ『サンデー』の小さな店内では数名の客が静かな時間を過ごしていた。そのうちの一人が店内のトイレを利用するため、バッグを残したまま席を立った。


 そのバッグを店長の西新出雲にしじん いずもが注意深く見つめた。


 そしてそんな出雲をアルバイトの藤崎が小声でたしなめた。


 「誰も盗まないと思いますよ」

 「いや、わかんないじゃんそんなの……」

 「こんなせまい店で盗んだらすぐバレるでしょ。防犯カメラもあるんだから」

 「凄腕のスリがいるかもしれないし……」

 「親切通り越して失礼ですよ、お客さんに」

 「そうだけどさ……」


 出雲は優しい人間だった。同時にとんでもないお人好しで、すぐに人の話を信じてしまう男だった。故にこれまでの人生で騙されたり裏切られたりしてきた。以下にその一部を挙げる。



 ・小学2年生:筆箱を忘れたクラスメイトにせがまれてお気に入りの鉛筆を貸したところ、また貸しされた挙句行方不明になる。


 ・中学3年生:クラスメイトの宿題を代わりにやってあげたら噂が広まって次々に自分に押し付けられ、断り切れずにやっていたら自分が怒られた。


 ・高校2年生:初めて出来た彼女に「デート代は全額男が払うもの」と言われてバイトをしてまで自分が払っていたら浮気された(しかもフラれた)。


 ・大学4年生:「絶対大当たり間違いなしのスロット台を抑えたが軍資金が足りない。一万円貸してくれ」とせがまれて貸したところ、その友人は普通に大負けして金も返してもらってない。



 そんな人生を送ってきたため、出雲は人間不信になっているのだった。


 「アアアーッ!」


 出雲の思考を泣き声が打ち切った。見れば、テーブル席の二人の客のうち、一人がテーブルに突っ伏して泣き叫んでいて、もう一人はその手を握って慰めている。


 「今回で五回目の浮気……もう嫌になっちゃって……なんで私ばっかり……」


 泣き叫んでいた小柄な女性は嗚咽をこらえながら心中を吐露した。


 同席しているもうひとりの女性が小柄な彼女の手を握った。


 「ユキちゃんは悪くない! こんなときは、なんかめちゃくちゃなことやってスッキリしちゃおう!」その女性は店のメニューを彼女に見せた。「好きなもの頼んで! 好きなだけ!」


 「い、いいんですか? 真理奈さん」

 「いいよいいよ、お金は私が払ってあげる」

 「そんな! 申し訳なくてそんなこと……」

 「いいんだって! 困ってる人は助けないと気がすまないの!」

 「じ、じゃあ……」


 小柄な女性はおずおずと手をあげた。出雲がオーダーを取りに行く。


 「浮気一回につき、一周……!」


 ユキと呼ばれた女性がぽつりとつぶやいた。


 「このフードメニュー、全部五つずつ持ってきください!」

 「えっ!?」

 「えっ!?」


 彼女の注文に出雲は驚いた。注文を促した真理奈という女性も同様に驚いた。出雲は「お前もかよ」と思った。


 「えっ、えーと……」


 出雲は困った雰囲気を出しながらカウンター内の藤崎を見た。藤崎もうっすら眉間にシワを作って困った雰囲気を出している。「お金払えるの」とか「注文しといて残されたら」などの思考が出雲の頭の中でぐるぐると回る。


 「無理ですか?」


 ユキは雰囲気を察して気まずそうに言った。出雲はハッとして藤崎を振り返った。


 「できますよ」


 そう言い残して藤崎は厨房に入っていった。藤崎は「無理でしょ」「出来ないよね」などの言葉をかけられるとなんとしてもやり遂げようとするスイッチが入ってしまうのだ。


 まるで家捜しでもするような音がして、厨房がフル稼働しはじめた。


 「……残さないでくださいね」

 「はいっ!」


 ユキは涙を拭いながら答えた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「畜生!!」


 城西大学考古学第三研究室から、枝野教授の怒声が漏れ聞こえた。


 たまたま近くを通りかかった二人の職員は苦笑いした。


 「枝野教授、またらしいな」


 「可哀想だけど、あんなトンデモ論文ばかり書いてたんじゃねえ」


 部屋の中で枝野という名の初老の男が歯ぎしりしながら自らの論文が査読を通らなかった知らせを踏みつけにしていた。


 「なぜだ、なぜ、俺の言ってることがわからん! 俺は間違ってない、俺は正しい!」


 そのうち、枝野は自分の体力を使い切ったのか息を切らしてその場に立ち尽くした。


 そのときだった。


 「『縄文土器に見られる精神エネルギー回路について』……なんだこりゃ」


 聞き慣れない声がして振り返ると、年若い青年が枝野のデスクの上の論文をパラパラとめくっていた。査読を通らなかった件の論文だ。


 学生だろうかと枝野は思った。しかし、それ以前に部屋のドアは閉じられたままだ。一体いつの間に彼は入ってきたのだろうか。


 「き、君は誰だ!」


 青年は論文を置いた。


 「俺は考古学とかよくわかんねーけど、あんた、こんなことマジで信じてんのか?」


 枝野は憮然とした表情で鼻を「ふん」と鳴らした。


 「君も私を認めない愚昧な輩の一人か。だが私の研究は真実だ。縄文時代、日本には現代を凌駕する超文明があった。彼らは一種のエスパーで、縄文土器のあの縄目のような紋様は彼らの精神エネルギーを増幅する回路なのだ。数々の物証がそれを裏付けている」


 もっとも枝野のこの主張はまったくのデタラメであり、彼の言う『物証』とやらも彼のバイアスによって歪められた客観性を著しく欠くものだった。


 「なるほどねえ」


 青年は興味深そうに相槌をうつ。


 「ぶっちゃけ、まったく信じられん。でも、あんたは心の底から信じてるわけだ」

 「信じる信じないではない、これは歴然とした事実で……」

 「そんなに言うならさあ」


 青年は枝野に向かってなにかを差し出した。それは黒いカードだった。紙のように薄くはなく、やや厚みがあり、プラスチックかガラスを思わせる手触りだった。なにかの機械のパーツのようにも見えるそれは、幾何学的なモールドの中心に竜人を正面から見た顔のようなイラストが描かれていた。


 「塗り替えてみないか? あんたの信じるもので、世界を」


 青年の囁きか、あるいはそのカードに魅入られたのか、枝野はそれを受け取った。


 するとカードの絵柄が揺らめき、竜人の顔は遮光器土偶を模したようなものに変わった。


 「俺の見込み通りだな。あんたは今から人を超え……『デリュージン』になる」


 カードが宙に、闇がそこから漏出する。闇が枝野を包み込むと彼の足元から異形の影が地獄の亡者のごとく這い出してきた。


 「うああああああっ!!」


 自らから湧き出る力の奔流に枝野は叫んだ。それにシンクロするように影が枝野の姿に重なった。


 闇が晴れ、異形がその実態を現す。


 銀色の素体に縄文土器の文様が入った鎧をまとった竜人。遮光器土偶を思わせるスリット状の眼からのぞく光が彼の狂気的な縄文時代への想いを物語っていた。土偶デリュージンの誕生だ。


 「世界を塗り替える力を手にした気分はどうだ?」


 「いいね……土器土器ドキドキしてきた」


 枝野は、土偶デリュージンは笑った。彼から放出されるエネルギーが周囲の電子機器を縄文土器へと変換していく。世界が枝野の信じる世界へと上書きされようとしていた。



夢幻実装!! 流星カリバー 第1話① 終

第1話②へ続く




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