第117話:恋のスピード

「おつかれっ! はいっ! 肉まんとホットコーヒーっ!」


 イツキがぐーっと体を伸ばしながら、買いもしないお菓子コーナーを眺めていると、ナナが冬のマストアイテムを2つイツキに手渡した。


「あ、ありがとうございます!」


「大したものじゃないけど、あったまるでしょっ!」


 運転は別に苦にならないタイプのイツキだが、こうして少しでも労ってもらえると嬉しかったし、なによりナナの優しさが胸に沁みた。


 せっかくだからと、イツキとナナはコンビニから外に出て、白い湯気を存分にあげながら肉まんをはふはふと頬張った。


 肉まんひとつを食べるというたった5分ほどの時間。このわずかな時がこのまま止まってほしい、何かに保存しておきたいと願うくらい、イツキにとって心温まる時間だった。


 もちろん、そんなイツキにはお構いなしで、目の前の大通りには車が行き交い、向かいのファミレスの大きな看板も夜空でくるくると回り続けていた。


 "あぁ、旅の途中に立ち寄るコンビニは、どうしてこうも温かいのだろうか。"と、イツキは心の中でつぶやいた。


「じゃーんっ!!! そういえば、出すの忘れてたっ!!笑」


 車内に戻ったナナは自分のスマホをイツキに見せつけた。そこには、パチンコ・スロットのボーナス曲を集めたプレイリストが表示されていた。


「ナナさん…! これは、すごいですね!笑」


 さすがのイツキもここまで用意してくるナナを見て、思わず吹き出すように笑ってしまった。


「やばいっしょっ!? 昨日、楽しみで寝れない時にぱぱっと作ったよねっ!笑」


 ナナがこさえてきたプレイリストには、数多あるパチンコ・スロット楽曲の中でも、いい曲ばかりが集まっている。さすが、ナナの選曲センスだ。


 イツキは早速ナナのスマホを車のオーディオに接続した。昨今の車はレンタカーでも、ステレオのクオリティーが高く、迫力のあるサウンドでボーナス曲が流れ始めた。


「あははっ! もうこの車自体がパチンコ屋みたいじゃんっ!笑」


「ほんとですね!」


 曲がかかると不思議なもので、2人はこれまた一層パチンコをするのが楽しみになった。


 <恋する〜、ハートが〜、スピード上げてく〜〜♪>


 以前、ナナがイツキとスロット勝負をした時に打っていた台"ドキドキ!"のトラックである"私☆アップグレード"が車内に鳴り響く。


「ナナさん、高速乗りますよー!」


「はーいっ! 安全にいきましょーっ!」


 イツキは自然と曲の歌詞を噛み締めながら、グッとアクセルを踏み込み、車の


 以前までのイツキなら、何かに踏み出す時は怖がっていたかもしれない。でも、いまは隣にナナがいる。イツキ自身も少なからずアップグレードされている。なにひとつ怖いことなんてなかった。

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