第116話:パチンカーの旅路

「はいっ!」


 ほんの数分走ったところで、助手席に座るナナがいきなり手をあげた。


「ナナさん、どうしました?」


「見て見て! あの交差点っ!」


 ナナは2人がいつも行き帰りの度に通っている交差点を指さした。


「あの交差点って、いつもはあんまり人いないでしょっ? でも、今日はみんな年末休みだから、すごい人がいるっ!」


「たしかに、、めずらしいですね!」


「これはいつもと違う風景だからアツい演出でしょっ!! ねっ? ねっ?」


「あー! なるほど…。早速ですね! でも、たしかにいつもと違うなというはありました! では、違和感演出ということでナナさん1点!」


「よしっ! 先制点っ!」


「はいっ!」


「はい、イツキ選手っ!」


「ということは、あれもアツくないですか!?」


 イツキは同じ交差点で点滅している横断歩道用の信号を指さした。


「見ててくださいね! ほらっ! 緑の点滅から…、赤に変わりました! あれは、間違いなく緑保留から赤保留への変化です!」


「わっ!! たしかにっ!!笑 イツキ、保留変化で1点!!」


 イツキは、今の一連のやりとりの中で、パチンコ演出探しゲームの大体の内容というか温度感が掴めた。


 パチンコをやらない人から見れば、もはや理解し難い内容かもしれないが、パチンカーにとってはなかなか盛り上がれるアツい遊びのようだ。ただ、イツキにとっては、「どうっ?地味におもしろいでしょっ!?笑」と助手席という至近距離から放たれるナナの満遍の笑顔が一番アツかった。


 オールナイトにはどのくらいの人が来ているのか。何を打ちたいか。打っている途中で眠くなったらどうするか。めっちゃ勝ったら何をするか。車内はオールナイトの話で常に持ちきりだった。


 なんとなくつけっぱなしにしていたラジオからは年末の平和なニュースが流れてくる。少し寂しげな冬の乾いた夕焼けも段々と夜空へと滲んでゆく。車の窓にはそんな空を眺めるナナの顔が街の明かりのと共に綺麗に映っていた。イツキは、いま感じている瞬間や空気といったすべてが大切で愛おしく思えた。


 平和的な空気で多少頭がぼんやりしても、パチンカーの違和感センサーは通常作動しており、イツキは半分無意識にさっと手をあげた。


「はいっ!」


「えっえっ!! いま、なんか演出あったっ!?」


「ナナさん。いま隣にいる車なんですけど、ずっとEDM系の音楽が流れていたじゃないですか? でも、いきなりJ-POPに変わりました!笑」


「あっ、たしかにっ! くーっ、気づきそうだけど、完全にスルーしてたっ!! BGM変化ね! うん、イツキ1点!」


 ナナと言う通り、BGM変化は特にスロットで見られる演出のひとつで、アツい条件が重なった時などにBGMが変化するというものだ。曲が変化していることに気づいたときの興奮はたまらず、台に耳を思いっきり近づけて確認し、聞き込んでしまうこともある。


「イツキ、高速乗る前に、コンビニよろっ!」


 東名高速のインターが近づいてきたところで、2人は一度コンビニに車を止めた。

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