第115話:夢のオールナイトへ

 ようやく旅の支度を終えたイツキは、家からほど近いレンタカー屋に赴き、白のセダンを1台レンタルした。


 白の車は、年末の澄み切った空気とよく合った。イツキは運転席に座ると、いよいよこの旅が始まるんだ、という実感が湧いて妙に緊張してくるのがわかった。


 イツキは行く予定のパチンコ屋の住所を江奈に一応送信してからスマホをポケットにしまい、エンジンをかけた。ナビに現在時刻がパッと表示される。17:29。待ち合わせの18:00に向けて、ちょうどいい時間だ。


 事前にルートや現地のことも調べたし、できる限りの軍資金も用意した。スマホの天気予報によると、どうやら今晩は雨のようで天気にはいくばくかの不安はあったが、"きっと大丈夫っ!"とイツキは深呼吸をして、アクセルを踏んだ。


 2人が住む最寄駅付近にあるコンビニの駐車場がナナとの待ち合わせ場所だった。見慣れたはずの道中。しかし、車から見るせいか、今日という気持ちの問題か、イツキにはいつもと一味違うように見えた。


 待ち合わせのコンビニがある道にイツキが差し掛かると、ナナが駐車場に立っているのが確認できる。まだそれなりに距離はあるのに、やはりナナの存在感というかオーラは大きく、遠くからでもすぐにわかってしまう。


 待ち合わせをしているわけなので、ナナがそこにいるのは当たり前なのだが、もうすぐ大晦日という特別な日にあのナナが自分を待ってくれているという事実がイツキはいまだに不思議で、それでいてとてつもなく嬉しかった。


「イツキ! いよいよだねっ!! てかっ、楽しみすぎて、全然寝れなかったんですけどっ!笑」


「ぼくもすごい楽しみで、以前にオールナイトに参戦した人のブログとか動画を色々調べてました!」


 イツキがコンビニに車を止めると同時に、飛び跳ねるような楽しい声と一緒にナナが助手席に乗り込んできた。


「てかてかっ、まじで寒くないっ!? 朝とかまじでびびったしっ! 服もめっちゃ迷ったぁーっ!」


 そういうナナはスキニーデニムにおしゃれなカットソーを合わせ、上からオーバーサイズのカーディガンとコートを着ている。


 大人っぽさと可愛さの合わせ技、そして助手席にすらっと伸びるセクシーな長い脚にイツキは"これは安全運転の妨げになるのでは?"と早くもノックアウトしそうだった。


 ヘアスタイルはいつも通りの綺麗なハーフアップ。そして、車に標準装備されていた芳香剤が嫉妬してしまうほど、ナナからはとてもいい匂いがした。


「ねぇ、せっかくだから三重に向いながら、ひと勝負しよーよっ!」


 カーナビをセットしているイツキにナナがニヤニヤと話しかける。


「ナナさんは相変わらず勝負好きですね! いいですよ! でも、何で勝負するんですか?」


「よしっ! 今日の勝負は……、"パチンコっぽい演出探し対決"!」


「パチンコっぽい演出? …なんですか、それ?笑」


「えっとね、三重に着くまでの道中で、"なんかこれパチンコとかスロットの演出っぽくて、アツくない?"っていう現象を発見する勝負だよっ! その現象を見つけた人は挙手ねっ!」


「んー、なんとなくですがわかりました! いいですよ! やりましょう!」


「さっすがーっ! これはパチンコやってる人とじゃないとできない遊びだからねっ! 負けた方は、最後のサービスエリアで何かご馳走ねっ!!」


「負けられませんね! では、ちょうどナビもセットできましたし、行きましょうか!」


「ありがとっ! よーしっ、出発ーっ!! いざっ! オールナイトへっ!!」


 こうして、2人はナナ考案のを道中のつまみにして、三重に向けて車を走らせ始めた。


 サイドミラーの中で小さくなってゆくいつものコンビニも、「良い旅を!」と2人を見送ってくれているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る