第100話:湯の中の青春

「ねぇ! もう1回お風呂いこーよ! 3人で!」


 イツキとの通話を終えたナナが部屋に戻ると、彩乃が張り切った様子でバスタオルを持って立ち上がった。


「彩乃さん〜、さっき入ったばっかだぞ〜。笑 ふやけちゃうよ〜。笑」


 ベッドの上で座っていた麻呂は、"エネルギー切れです〜"と言わんばかりにぱたんと倒れた。


「いいじゃん! いこーよ! ね? ナナ? ナナももっかい行きたいでしょ!?」


「うんっ! いこっ! ほら、麻呂も行くぞっ!!」


「ふへぇ〜、麻呂はもう動けないよ〜。」


 ナナも行く気になるが、麻呂はぐずるようにベッドでくねっと動いただけで、一切立ち上がる気配がない。


「麻呂ーっ? 着いてきたら、コーヒー牛乳買ってあげちゃうぞっ!!」


「ん!? コーヒー牛乳!?!? それなら、いく〜!!」


 ナナと彩乃はコーヒー牛乳で麻呂をお安く釣り上げると、仲良くスリッパをひっかけ、再び大浴場へと向かった。


遅い時間のため、お風呂にはもう人はおらず、3人の貸切状態だった。3人きりでお風呂に入るのは高校生の修学旅行中に、これまた深夜に3人で抜け出してお風呂に入りにいった時以来だった。


 深夜の露天風呂。あごまでお湯につけて、ナナ、彩乃、麻呂と並ぶ3人。すっぴんであっても3人とも美人のままで、体も美しかった。誰も口にこそしなかったが、3人でこうしてお風呂に入れる幸せをお湯に包まれる体全体で噛み締めていた。


「にしてもさ、やっぱナナってスタイルいいよね! いや、うちや麻呂もかなりいい方よ? でもさ、やっぱナナには敵わん!」


 じわーっと額に汗をかき始めたころ、彩乃が体制はそのままに口を開いた。


「でしょっ!!笑」


 他に誰もいないことをいいことに、ナナはザバーッ!と音を立てて立ち上がると、細いくびれに手を当て、タオルも纏わず2人にそのスタイルを見せつけた。


「おほぉ〜、いつも通りのナナさんだ〜!」


 麻呂は微動だにしなかったが、目だけキラッと輝かせながらナナの綺麗な体を眺め、嬉しそうな声を出した。


「お〜い、彩乃〜、負けずに対抗しろ〜! 立つんだ、彩乃〜!」


 ナナの本調子に気分が乗り、お湯の中で彩乃の脇腹をくすぐりはじめる麻呂。


「ちょっ・・// くすぐったい! 麻呂やめっ! さっきまで、めっちゃ眠そうだったくせに!!」


 彩乃は、麻呂にお湯をかけることでなんとか抵抗した。


「逆に眠気が覚めて、ハイになるやつ〜〜!!」


「ナナー! もうポージングはいいから、ちょっ、麻呂止めてよー!」


 誰もいない大浴場で笑いながらお湯をかけ合う3人は、まるで高校生の3人に戻っているようだった。暗い山奥に灯る温かい光も、きらきらと飛ぶ湯飛沫も、夜空に光る三日月も彼女たちの青春を演出しているかのようだった。


「ほらね? うちらはずっと変わんないって!」


 麻呂にお湯をかける手を一旦止めた彩乃は、ナナに向かって微笑んだ。


 日々を重ねるたびに、好きでも嫌でも大人になってゆく。年齢的に法律上はとっくに大人だが、より精神的な形式的な大人ってやつだ。


それに伴って、自分の周りの環境も変わる。気にしなきゃいけないことも多くなった。できることが増える一方で、できないことや言えないことも同じかそれ以上に増えてゆく。


 変わってゆくものの方が圧倒的に多いかもしれない。でも、たしかに変わらないものが目の前にある。そう思うと、ナナは心から安心した。


一度緩んだナナの涙腺は当日中はそのままのようで、彩乃と麻呂は気づかずであったが涙はたしかにお湯の中に落ちていた。


「大人になってもさ、他の人には言いにくくってもさ、うちらの中では"好きなもんくらい好き"って言っていようよ。大人になってさ、時に自分らしくない自分になっちゃってもさ、うちらの中では常に"ありたい自分"でいようよ。」


 親友ってのはすごい力を持っているもので、彩乃はまるでナナの考えを読んでいるかのようだった。


「そうだぞ〜、そうだぞ〜!」


 ナナと彩乃のやりとりを聞いていた麻呂は急に風呂の端っこまでいくと、2人にお手本を見せるかのように外に向かってわりと大きめの声でのほほんと叫び出した。


「麻呂は〜、BLが〜、好きだぁ〜〜!」


「あははっ! ちょっ、麻呂うけるんですけどっ! いや、麻呂がBL好きなのは有名だし、好きなのは全然いいんだけど、外に叫ぶのは迷惑だからやめなってっ!笑」


「てか、いまさ、うちがいいこと言ってるターンだったよねー!!」


 ナナと彩乃は笑いながら、麻呂を風呂っぺりから引き剥がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る