第99話:イツキの気づき

「彩乃、ありがとう。麻呂も、ありがとう。もう、大丈夫っ!」


 ナナは涙を裾でぬぐい、ふにゃっとした顔で、彩乃の胸元から離れた。


「つか、さっきさ、"パチンコナナを嫌いにならないよ"って言ったけど、パチンコってそんなに嫌われるものなの? そもそも、別に悪いものじゃないと思ってるんだけど……。」


 ナナに少し笑顔が戻ったところで、彩乃がふと思ったように言った。


 バキバキの感動系ガールズトークをこんなにがっつりと盗み聞いていいのだろうかと思いつつ、"あぁ、素敵な3人組だぁ"と感動に浸っていたイツキは、彩乃の言葉を聞いて、思わずハッとした。


 それは、イツキも心のどこかで、パチンコをやっていない人はパチンコを悪だと思っているだろうと、考えていたからだった。


 しかも怖いことに、意識的にではなく自然とそう考えるようになっていたのだ。でも、そうではないのかもしれないと、たったいま気づかされた。現に、彩乃はパチンコをやっていないが、パチンコを悪だとか嫌悪の対象だとかで見ていないのだ。


 となると、、世間が持っているであろうパチンコのイメージに一番囚われていたのは、ひょっとすると自分だったのかもしれない。


 辛い経験があったのは事実だとしても、それによって"どうせ世の中のみんなはパチンコが嫌いなんだ!"、"みんなパチンコなんてなくなればいいと思ってるんだ!"と大好きなものを差別的な目で見ていたのはのかもしれない。


 イツキは、頭の中で組み上げた積み木の支えを抜いたかのように、何かがガラガラと崩れるような感覚がした。


「イツキ!?」


「…………」


「もしもしっ!? イツキ!?」


「は、はい!」


 スマホから響くナナの声で、イツキはふと我に返った。ナナは一度部屋を抜け、廊下でイツキに話しかけていたのだが、彩乃の発言以来、考えごとに夢中だったイツキは電話越しの会話にあまり意識が向いていなかった。


「イツキ、ちゃんと聞こえてた?」


「もちろんです! ナナさん、おつかれさまでした! ナナさんのお話、激アツでしたよ! それに、彩乃さんと麻呂さんは、やっぱりナナさんの素敵な友達でしたね!」


「うんっ!! 彩乃と麻呂のことを考えきれていなかった後悔はあるけど、話ができてまじでよかったっ!」


 ナナの声を聞いたイツキは、ナナのにこっと笑う顔が容易に想像できた。実際にイツキの予想通り、廊下の壁にもたれるナナは、目こそ泣いた後で疲れていたが、安堵と喜びの入り混じった優しい笑顔をしていた。


「本当によかったです! 僕もひと安心です。じゃ、じゃあ、今日は3人でゆっくり過ごしてくださいね!」


 イツキはなんとか役目を全うできたと思い、電話切ろうとした。すると、ナナは落ち着いたトーンで最後に付け加えた。


「イツキ、、ほんとうにありがとう。イツキがいてくれたから、2人にも話せたし、気づいたこともあった。次はパチンコ屋さんで。ねっ!」


「はいっ! 待ってます!」


 こうして、2人の長いお祭りは一旦終わった。暗い公園にぼーっと光るスマホには、イツキが見たこともないような長い通話時間が表示されていた。


 イツキは、今の出来事をすぐ江奈に伝えようと思った。ただ、一連の行動の背中を押してくれた江奈には直接伝えたかったのと、ナナとの電話で感じたことをちゃんと自分のものにしたかったので、少し考えてスマホをポケットにしまった。


 ナナと同様、イツキもこれまで囚われていたしがらみから少し開放された気持ちで帰路についた。


 自分を覆っていたものがなくなったからだろうか。電話中は気にならなかった夜風が急に寒く感じ、背筋が伸びた。それは、自分の中でずっと眠っていたスイッチがカチッと再び押されたような感覚だった。

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