第92話:真っ赤な落ち葉

「センパイ、結局ナナさんのことはどうするんですか?」


 江奈は単刀直入に本題に入った。


「まさか、このまま何もせず、ナナさんを放っておくんですか?」


「……いや、このまま放っておきはしないよ。でも、何を言っていいのかが決まらなくて。それに、ナナさんの嫌な過去に軽く踏み込むのもどうなんだろうって。」


 思ったよりも江奈の圧力が強かったため、イツキは驚きつつ、頭で考えていた悩みや迷いをポロポロと口にした。


「そんなの、、そんなの、もうどうだっていいじゃないですか! センパイが詳しく知らないナナさんの過去を想像して悩むより、あたしたちが知っているナナさんを見ましょうよ。」


 江奈は寒さだけじゃない色々なものに負けないと凛とした表情をつくってイツキを見た。


「たしかに、ナナさんにも色々あったのはわかります。でも、ナナさんはいつも、誰よりもパチンコを楽しんでいましたよね? 違いますか? 普段から負けることが多くて収支は常にマイナス。オカルトもヘンテコ。あたしと勝負しても惨敗。それなのに、あんなに楽しそうにしてる人、あたし初めて見ました。センパイだって、ナナさんがいつだって笑顔であんなに楽しそうにしてるから、心を動かされるところがあったんじゃないですか? そして、いま、ナナさんのことを肯定してあげられるのは、センパイだけじゃないんですか?」


 イツキは江奈の言葉を黙って噛み締めた。自分が頭の中ですったもんだやっていたのはただの"考え"で、いま江奈が伝えてくれるのは真っ直ぐな"想い"であり"気持ち"そのものだった。


「ナナさんはパチンコが大好きですよね? そして、センパイはパチンコが大好きな人やこれから大好きになる大勢の人を楽しませる台を作るんですよね? あたしと"一緒"に作ってくれるんですよね? それなら、、目の前にいるパチンコ好き1人を喜ばせられないで、どうするんですか!?」


 そうだ、その通りだ。イツキはそう思いながら唇の端っこをぐっと噛んだ。唇の痛みなんてちっとも感じないほど、江奈の言葉が胸に刺さっていた。


「設定1の台だって、やれる時はやれますよ! だから、夢があるんですよ。センパイも設定1の意地と夢、ちゃんと見せてくださいよ!」


 江奈はいまにもこぼれそうな涙をぐっと堪えたまま、いまある思いをすべてイツキに真正面からぶつけた。


 本当にそうだ!難しいことは知ったこっちゃない。いま自分の中にある想いを素直に率直に伝えればいいだけじゃないか!イツキは体中の体温がものすごい勢いで上がるのが分かった。


「江奈! ありがとう! これっ! カードの中身は全部あげるから、あとは頼んだ! こっちは、設定1に任せてくれ!」


 イツキは休憩中にしてきた台の出玉カードを江奈に渡し、とりあえず駅の方に向かって走り出した。その走るスピードは江奈が想像するよりもずっと速かった。


「センパーイ!!」


 その背中に、江奈が江奈らしくない大きな声で叫んだ。


「いくらあたしでもー、期待値のない男のハイエナはやってませんからねーー!!!」


 正直、イツキはなんのことだか100%理解はできていなかったが、振り向かずに右手で拳をつくると、天に突き上げて江奈に見せた。


 イツキが去った江奈の足元には風に乗った最後の落ち葉が舞い降りた。長い時間をかけてやっとこさ赤く色づいた落ち葉は、江奈の心を写したようでとても綺麗だった。


 江奈は強いし、独りじゃない。それに、また新緑が芽吹くことをいまの江奈は心のどこかで分かっていた。

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