第93話:時期外れのお祭り
とりあえず駆け出したはいいものの、どこでナナと話をするか、イツキに当てはなかった。
もう寒くなってきているというのに、背中にはじわっと汗がにじむ。鼓動も早くなる。すぐにでも、何か行動したいのに、ナナがどこにいるのかがわからない。目に入る街の全てがまるで空気のようで、手に掴めないもどかしさが、さらにイツキを焦らせた。
何かいいアイデアはないものかと、イツキはすがる思いでスマホを開いた。何かないか、何かないか、とスマホを眺めていると、ひとつのアプリが目に止まった。
"バリぱち"だ。そう、いつの日かナナと買い物に行った際、行きの電車の中で2人でプレイしたパチンコ・スロットアプリである。
「これだっ!!」イツキは思わず街中にも関わらず声を出してしまった。
早速、駅近くの公園に腰掛けると"バリぱち"を立ち上げ、イヤホンを耳につっこみ、ナナに電話をかけた。
「……もしもし? …イツキ?」
しばらくのコール音の後、ナナの声が聞こえた。ナナが出てから、イツキはナナと電話することが初めてだと気づいた。
急にイツキから電話がかかってきたせいか、ナナは少し驚きまじりの訝しげな声だった。しかし、久しぶりに聞くナナの声はとても安心感があり、電話越しだとなおさら可愛い声だった。
「あ、あの、急にすみません…! いまって、時間大丈夫ですか…?」
ナナが電話に出た以上、もう後戻りはできない。する気もない。そんな緊張感をイツキは全身でひしひしと感じていた。
「イツキから電話がかかってくることなんてなかったから、びっくりしたよ。うん、大丈夫。ちょうど、ゼミの合宿に来てるところなんだけど、、彩乃と麻呂にまだあの日のこと話せてなくてね……。」
ナナはゼミ合宿で利用しているホテルの温泉に浸かり、ちょうど1人で休憩処のような場所にやって来たところだった。
ナナの声から驚きは消えたが、いつものような元気は全然感じられなかった。イツキはこんなトーンのナナの声を初めて聞いた気がした。
「あの、イツキ、、この前は本当にごめんっ!! その、言い訳だけど、この前は突然のことで…」
「ナナさん!」
イツキは、落ち込んでいる声のまま先日のことを謝ろうとするナナを途中で遮った。
「ナナさん、いまから"お祭り"に行きませんか?」
「えっ!? お祭り!? こんな時期にっ? てかっ、わたし、いまゼミ合宿で栃木だよっ?笑」
イツキからの突拍子もない誘いに、ナナの声にも少し笑いが入った。
「あ、すみません! えっと、"バリぱち"の周年祭ですよ! ほら、いまやってるじゃないですか! アプリリリース5周年感謝祭の全台設定4or5or6確定イベント! その、もし時間があれば、並びでやりませんか?」
「あっ! お祭りって"バリぱち"の周年祭か! わかりづらいよっ! 軽く焦ったしっ!笑 いま、温泉宿だから、たしかに浴衣は着てるけどさーっ! ふつーこういう時は夏祭りでしょっ! 秋の終わりにアプリの周年祭って、ウケるんですけどっ!笑 でも、、うんっ! いいよっ!」
イツキの下手くそな誘いに突っ込むことで多少だが声に元気を取り戻したナナは、イヤホンの通話モードに切り替え、"バリぱち"を起動させた。
「あ、ありがとうございます!! でも、まさか本当に浴衣を着ているタイミングだったとは…。せっかくなら、ナナさんの浴衣姿みたかったですけど……。」
真面目なシチュエーションではあるものの、イツキはちゃっかりナナの浴衣姿を想像しては、ぼそっと欲望を付け加えた。
「んっ? なんか言った?」
「あ、いえ。なんでもないです!」
「なになに? わたしの浴衣姿、見たかったーっ!?」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですかっ!」
「ふふっ、残念でしたーっ! てかっ、赤保祭のミスコンの時に見たじゃんっ!」
「あの時は、テンパってて、ちゃんと見れなかったので……。」
「あん時のイツキは、ひどかったよねーっ。笑 いいよ! また夏がきたら。ねっ!」
からかわれ、ちゃかされ、恥ずかしくて、もどかしい。それでも、公園でひとりでニヤけてしまうほど、イツキは嬉しかった。これだから、人は夏を特別な季節って言うんだなと寒空の下で思った。
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