第91話:分かってしまう気持ち
「全部交換でよろしいですか?」
「いえ、そこの"もちぐまのぬいぐるみ"をひとつください。」
イツキが「あーでもない、こーでもない」と思考ばかりを巡らせて、肝心の行動はなかなか伴わない日が続いている中、江奈は景品カウンターに立っていた。
この日、お得意のハイエナ戦法がキマった江奈は多くの出玉を獲得し、その一部を使い、ナナと同じもちぐまのぬいぐるみをゲットしていた。
江奈は先日イツキと別れた帰り道、ひとり電車の中で感じたことについて考えていた。そう、"仮にセンパイのことが好きだとして、付き合える確率はどのくらいなんだろう。"という問題だ。
江奈は景品カウンターを離れると、パチンココーナーを目指した。すると、"今日も絶賛悩んでいます"と言わんばかりの背中をしたイツキを見つけることができた。
江奈はイツキの隣の台が空いていることを確認すると、そこに"もちぐまのぬいぐるみ"をそっと置いた。
パチンコ屋でナナと会えればベスト!と思っていたイツキにとって、視界に入ったもちぐまのぬいぐるみはとても嬉しいものだった。念じていたことが叶ったと思ったイツキはさっと振り返った。
「ナ、え、江奈!?」
もちろんそこにいたのは江奈だ。そして、江奈には分かってしまった。振り返ったイツキの顔があまりに明るい笑顔だったため、江奈は嫌でも2つのことが分かってしまった。
1つは、自分がイツキのことを好きというのは"仮"ではなくて"確定"であるということ。そしてもう1つは、いまイツキが必要としているのは"江奈"ではなく"ナナ"だということ。
"やっぱり、センパイは設定1。ずーっと低確で期待値もなし。"江奈は心の中でつぶやいた。
「センパイ、ナナさんじゃなくてすみませんでしたっ!笑」
「いや、別にそういうわけじゃ…。」
「えっと、、ナナさんの"もちぐまオカルト"を試してみたくて…! まぁ、どうせ効かないんでしょうけどっ!笑」
江奈がとりあえずこの場をごまかす一方、イツキはナナではなかったという残念な気持ちを表情に出さないように努めた。
「……ねぇ、センパイ。ちょっと、キリのいいところで、パチンコ屋裏に来てくれませんか? 待ってますから。」
江奈はぼそっと言うと、隣の台からもちぐまぬいぐるみを回収し、そのまま去っていった。
パチンコ屋裏へ向かう江奈は拳を強く握り、必死に涙をこらえていた。薄々分かってはいたが、改めてイツキの気持ちを感じるとやっぱり悲しかった。いますぐ声を上げて泣いてしまいたいくらい辛かった。
それでも、江奈はこらえた。それは、江奈が抱えるイツキへの気持ちは、ナナがいて初めて自覚することができたものであったからだった。ゆえに、ナナ相手に涙を流すことは違うと江奈は思った。それに、ちょっと形は違ってしまうけど、今度こそイツキの支えになれる自分でいたいと江奈は強く思った。
もちろん体育館裏にさえ呼び出された経験もないイツキは、急にパチンコ屋裏に呼び出され一瞬戸惑った。しかし、江奈のただならぬ様子を察し、すぐに台を休憩中にして持ち玉カードを取り出すと、外へ出た。
19:00を少しすぎたころ。もう夜になると結構冷え込むようになっていた。最後の秋風が揺らす綺麗な銀髪は、鈍感なイツキから見てもどこか儚げだった。
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