第80話:感じ取った気持ち

 朝日こそ爽やかなものの、風はそこそこ強く、気温も涼しいと寒いのちょうど中間くらい。羽織物を薄手にするか厚手にするか迷うような、秋後半に向かって加速していくような天候だった。


 2人はつい12時間前にいたパチンコ屋"NESSE"に再びやってきた。12時間ぶりのはずなのに、その間に江奈と色々ありすぎて、イツキはもっと長い時間が経過しているのでは?という時空の歪み的なものを感じた。


 イツキと江奈は慣れた様子で抽選が行われる駐車場へと向かった。駐車場に人がわらわらと集まっている光景は、夏だろうが秋だろうが変わらない。変に安心感のある場所だ。


「イツキーっ!! おはよっ!」


 ちょうど抽選の列に並ぼうとしたとき、後ろから声がした。とても朝一とは思えない元気な声。乾いた風に乗ってふわっと香るジャスミン。今日も秋の装いが一段とかわいいナナが手を振りながら2人の方へやってきた。


「ナナさん! おはようございます。昨日は、打ち合わせお疲れ様です。」


「あれっ!! 江奈ちゃんもっ!! 江奈ちゃん、おはよっ!! 江奈ちゃんも朝から打つことなんてあるんだっ!」


 ナナはイツキの影で見えていなかった江奈を見つけると、にこっと挨拶をした。


「あ…、ナナさん! おはようございます。」


 江奈が振り返りナナに挨拶をしたその時、ナナはほぼ瞬間的にいくつかの"違和感"に気づいた。


 そもそも、パチンカーおよびスロッターという人種は違和感にはめっぽう強い。それはそうだ。違和感とはパチンコ・スロットにおける演出の基本中の基本。保留入賞時の音、ステージ移行の順番、演出と出目の矛盾、台の光り方、リールの遅れ、、常に違和感を待ち望みながら打っているのである。もはや、何の通知も来ていないのにスマホがあたっている太ももがバイブを感じるように、いたって通常の挙動さえ時に違和感と錯覚してしまうことすらあるくらいだ。


 そんなパチンカーのひとりであるナナが、江奈の違和感に気づかないはずがなかった。


 1、いつもサラサラの銀髪がほんの少しだがダメージを受けている。

 2、そして、江奈の服や体からイツキの匂いがする。

 3、さらに、昨日トイレでコンタクト探していた時と全く同じ服装である。


 よって、上記の3点から"昨晩、江奈はイツキの家に泊まった"と証明できる。と、まるで三角形の合同を証明するかのように、ナナは脳内で違和感の解を出した。


「2人は一緒にきたのっ!?」


「はい、、今日はセンパイと来ました。」


「そ、そっか! そうなんだっ!」


 とはいえ、決めつけも良くないと思って尋ねた質問の答えを聞いて、ナナの中でへと変わった。


 ただ、違和感の発見に強いのはナナだけではない。江奈も相当な違和感探知能力を持ち合わせている。どちらかというと、パチンカーよりスロッターの方が違和感探知能力は上をゆくかもしれない。


 "そ、そっか!そうなんだっ!"とナナがいった時、彼女の顔がわずかな一瞬であったが確実に曇ったのを江奈は見逃さなかった。"どんな時も笑顔"を心がけているナナだ。江奈でなければ、その一瞬の曇り顔には気づかなかっただろう。


 ナナと江奈の2人は決定的なことは言わないまでも、お互いに何かを感じ取り、駐車場には変な空気が流れた。ちなみに、空気は"読むもの"ではなく"吸うもの"。であるイツキは全くといっていいほどに何も感じてはいなかった。


「ナナさん。せっかくなので、今日は、あたしと勝負しませんか?」


 微妙な空気を先にやぶったのは江奈だった。


「ん? 江奈、どした? なんでいきなりナナさんと勝負?」


「センパイは黙ってて!」


 ポカンとした表情のイツキを江奈はぴしゃりとあしらった。ナナが勝負をしかけるのはいつものことなのだが、"江奈から"というのにイツキは驚いていた。


 わずかゼロコンマ数秒の曇った顔から感じ取ることができたイツキに対するナナ気持ち。江奈は、それが何なのか確かめたいのもあったが、それ以上に、ナナがどういう人物なのかより詳しく知りたいと思ったのであった。ひょっとすると、イツキの"夢"が再出発するかもしれない。そのキッカケになっているであろうナナのことが江奈はとても気になっていた。


「……えっ!! いいのっ!? やるやるっ!! 江奈ちゃんと勝負できるなんて嬉しいっ!!」


 江奈の予想より、ナナの返答はだいぶポジティブだった。


 とはいえ、ナナだって人の機微は敏感に察知できる。もしかすると、江奈ちゃんはわたしのことをあまり好ましく思っていないのかもしれない。でも、せっかくなら仲良くしたいし、こんな上手な人と勝負できる機会もそうない。となると、これは仲良くなれて、勝負もできる一石二鳥のチャンスなのでは、と江奈からの勝負申し込みをポジティブに捉えていた。


「ナナさん、ありがとうございます! では、パチンコでもスロットでもおっけーで、差枚数勝負。ナナさんのお時間が大丈夫であれば、開店から18:00まで、でいかがですか?」


「うんっ! いいよっ! 江奈ちゃんと勝負かーっ、すっごいワクワクしてきたっ!!」


 ナナのキラキラした目を見るに、細かいことは一旦置いておいて、もうパチンコ勝負を全力で楽しむモードに早くも突入し始めているようだった。


 その横で、あっという間に話が進む2人をイツキは不思議に思いつつも、特に何を言うわけでもなく、そっと見守っていた。


 無事に抽選を終えた3人は、それぞれ再整列に並び、オープンの瞬間を待った。何かが懸かっているわけでもない。この勝負の先に何があるのかもわからない。でも、勝ちたい。そんな思いをナナと江奈の両者ともがたしかに胸に感じる中、入場の列がゆっくりと動き出した。

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