第79話:スクランブルモーニング
「センパーイ、冷蔵庫、あけますねー!」
イツキが振り返ると、いつもの"ツン"に戻りつつある江奈がすでに冷蔵庫を開け、中をのぞきこんでいた。江奈は上半身を冷蔵庫の奥までつっこみ、残ったお尻がもぞもぞと動いていた。
その姿はとても可愛く、こちらが見えないことをいいことに、イツキはその景色をしばらく楽しんでしまった。もちろん、江奈に見つかったら「何見てんですか!?ヘンタイ!」と蹴り飛ばされていただろう。
「うわー、ほぼなにもないじゃないですか。食パンとわずかな卵だけか…。ここはシンプルにスクランブルエッグですかね!」
江奈は不満そうな顔で、目玉焼きとスクランブルエッグの2択で迷い、後者に決めたようだった。喫茶店文化が発展している名古屋育ちとしては、スクランブルエッグの方がしっくりきたのかもしれない。
「センパーイ、キッチン借りますねー!」
イツキが再び振り返った時には、すでに江奈は上機嫌でフライパンを火にかけていた。イツキがキッチンですることといえば、せいぜいインスタントコーヒーを作るくらいなので、キッチンは非常に綺麗な状態だった。江奈はトーストを準備しながら、卵をとき、手際良く料理を進めていった。
「なに、朝ごはん作ってくれるの? 江奈にしては優しいじゃん!」
イツキは少し嬉しそうに、江奈をからかった。
「"にしては"とは、失礼ですね! でも、勘違いしないでくださいね! あたしが食べたいだけなんですけど、食材はセンパイんちにあったものなので、センパイの分もつくってあげてるだけです! それにしても、、もう少し食材のストックがあってもいいと思いますけど! なんとかならないんですかね?」
「そ、そうですよね。すみません…。」
食材の少なさには不満そうな江奈であったが、「センパイは味濃いめですよねー。あんまり体には良くないですけどね。」と塩コショウを多めにしたスクランブルエッグを作ってくれることがイツキはとても嬉しかった。
やがて、ローテーブルには美味しそうな香りのトーストとスクランブルエッグ、そしてイツキの淹れたインスタントコーヒーが並んだ。
「「いただきます!」」
2人は一緒に朝食に手を合わせた。イツキは江奈といるといい意味で変に気を遣わず、居心地がよかった。部屋に差し込む朝日に照らされ、ふわとろのスクランブルエッグは眩しいくらいにキラキラと輝いていた。加えて、江奈が朝に似つかわしいゆったりとした音楽をスマホから流すもんだから、まるで揺り椅子で眠るような幸福感に包まれる朝となった。
「今日はどうするんですか?」
江奈はスクランブルエッグをトーストに乗せながら、イツキにたずねた。江奈はもともと味を濃いめに作ったのに、「スクランブルエッグにはやっぱりこれ!」とケチャップもかけていた。
「うーん、今日はせっかく休みだし、朝から打ちに行こうかな!」
「じゃあ、あたしも行きます。」
江奈は食い気味に答えた。
「江奈は夕方からが専門じゃないの?」
「いえ! あたしだって、朝から行くこともありますよ。新台の研究は、結構勉強になりますからね!」
江奈が真面目な表情でそう言うのを聞いて、あぁ、江奈は本当に台をつくるつもりなんだなぁ、とイツキは感じた。
「よし、じゃあ、一緒に行こうか! あっ、スクランブルエッグ、おいしかった! 江奈、ありがとう!」
イツキはコーヒーをぐいっと飲み、立ち上がった。
「どんなに簡単であっても、女子が料理を作ったら、一口目で感想を言わなきゃだめですよ! そんなんだから、センパイは設定1なんですよ。笑」
江奈の口調は優しく、諭すようにお説教をするようだった。
「でも、、ちゃんと食材を用意してくれていたら、今度はもっといい感じに作ります…。」
「いや、最高のスクランブルエッグだったよ! ……とういか、今度は、そもそも終電を逃さないようにしよう!」
少し上目遣いの江奈はイツキからしてもとても可愛く見えた。イツキはすぐに感想を言えなかった自分を悔やみながら、江奈の分の食器も片し、出かける準備を始めた。
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