第73話:11年ぶりのイツキの家

 なんだかんだでイツキと江奈が2人で話すといつも長くなる。スロットが終わってから飲み始めたのと、真剣な話だったということもあり、イツキが久しぶりに時計を見るとすでに日付が変わろうとしていた。


「えっ、あっ、もうこんな時間!」


 同じく時間を確認した江奈も「あっ!」と驚いた声を出し、焦りながら電車を調べ始めた。


「うそ…。もう電車ないじゃん……。」


 お会計をしているイツキの横で、江奈は落胆して肩を落とした。東京というと、深夜遅くまで電車がありそうなものだが、近頃では0:00前後が終電であることも多い。特に江奈が乗ろうとしていた上りの電車は23時後半が終電だった。


「江奈、ごめん…。もうちょっと早く時計見てればよかった…。」


 とりあえずお店を出たイツキは財布をしまいながら、半ば困った表情で江奈に謝った。


「まったく、ほんとですよ! あっ、もしかしてこーゆう展開を狙ってたんですか!? わざと終電をなくさせる作戦ですか!? さっきはあたしが喋りすぎたのもありますが、やっぱりキモいです。すみませんが、そーゆう期待値はないです。」


「なんで、いつもそうなるんだよ!笑 でも、本当に困ったな。この辺は都心でもないから、ホテルとかもそうないぞ…。」


 イツキはいつも通り江奈にツッコミをいれるも、本当にどうすればいいのか困っていた。さすがに、深夜に女子をひとり置いて帰るわけにもいかない。イツキにこんなシチュエーションが訪れたのは初めてだ。急にやってきた終電逃しイベントと思ったよりも涼しい気温に、一気に酔いも冷めた。


「……、いいですよ。センパイの家で。」


 満喫か隣駅のホテルまでタクシーで送るか。道路の隅っこで、何かいい案はないかとスマホで検索しているイツキの横で江奈は小さな声で言った。


「え? うち? ……まぁ、江奈がいいなら、別にいいけど。」


 イツキは少し驚いた。


「嫌ですよ! 嫌ですけど……外や満喫にいるよりマシなんで。しゃーなしです!」


「やっぱ、嫌なんじゃん!笑 じゃあ、どうも隣の駅にビジネスホテルがあるみたいだから、タクシーでいくといい、」


「センパイの家でいいです! もう、夜はこれからもっと涼しくなりますし、早く行きましょ。」


 スマホを見せながら代案を説明するイツキを遮り、江奈はすたすたと早足で歩き始めた。言い訳としてお酒のせいにもできるが、江奈はいまの顔をイツキに見られるわけにはいかなかった。


「江奈、うちはそっちじゃなくて、こっち。」


 やれやれ、とイツキはスマホをポケットにしまうと、江奈を家に泊めることを決めた。冬の気配が織り込まれた秋風の中、暗い夜道を2人は家に向かって静かに歩いた。普通は、急に女子が家に泊まることになったら、慌てたり、淡い期待を抱いたりするものだろう。しかし、今回のイツキの場合は相手が幼馴染の江奈ということで、特にそういったことは思わなかった。


「場所は違いますけど、、センパイの家に入るのなんて、、11年ぶりですね。」


 ただ、家の前についた時に何気なく言った江奈の一言には、イツキも少し感傷的にならずにはいられなかった。

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