第72話:2人の夢

「パチンコ台を作るためには、もちろん色々な知識やスキル、それにクリエイティブのトレーニングも必要です。センパイはなんだかんだで、パチンコ台を企画するために、必要なことを学んでますし、日々のパチンコだって勉強を兼ねているということも知っています。でも、その前に、センパイは一番大事な"心が準備"ができてないじゃないですか!」


 江奈は手羽先に思いっきりかじりついた。


「江奈、、そうだったね…。江奈と一緒に面白いパチンコ台作ろうって、話してたもんね。ありがとう。そういう風に言ってくれて。あれからずっと迷ってきたけど、ちょうど最近、ようやっと"夢"への答えを出せそうな糸口というか、キッカケを掴めそうなんだ。」


「…………そうですか…。」


 江奈はイツキがまだ"夢"を諦めていないということを知れて少し安心した。でも、それ以上にやるせない思いが込み上げてきて、寂しそうな顔でうつむいた。江奈はお通しの枝豆の皮を指で突いたが、江奈の気持ちも同様に少しでも突いたら弾けそうだった。


「にしても、昔のことなのに江奈はよく覚えてたね。」


「忘れるわけないじゃないですか!!」


 昔、話していた夢を覚えていてくれた感謝を伝えるつもりのイツキの言葉が、そんな江奈の気持ちを突いてしまった。江奈の目は気づけば進んでいたお酒のせいか、それとも感情のせいか、若干うるんでいるように見えた。


「……当時、親の転勤もあって周りに全然馴染めなかった小学生のあたしの支えはセンパイだけだったんです。センパイは元気で気さくで優しくて、いつもわたしを独りにしなかった。どうせまたひとりぼっちだろうとハナから諦めていた新しい街で、初めて自分の居場所を見つけた気がしたんです。思えば、いまだってそうです。名古屋から東京にやってきて、今回は自分の意思で来たけど、やっぱり最初は心細い。でも、センパイは変わらずにこうして一緒にいてくれる。」


 江奈が真剣に話す姿を見て、イツキは静かに箸を置いた。


「でも、当時はどこかで怖かったんです。どうせ、センパイはそのうちどっかにいっちゃうんだろうなって。そりゃそうですよね。センパイはあたしと違って、明るくて友達も多かったですもん。家が隣なだけで、特に共通点もない年下女子のあたしからは離れていって当然です。……だけど、、だけど、そんなことなかった。それどころか、センパイは自分の夢にあたしを入れてくれた。あの時、本当にすごく嬉しかったんです。まだまだセンパイと一緒にいられるし、一緒に夢を目指せるんだって。スロットだって、いつしか大好きになってました。」


江奈は溢れ出る感情を少し抑えるように一息ついた。


「でも、そんな時でしたよね。授業でセンパイが将来の夢の話をしてひどく落ち込んでしまったのは。すっかり元気をなくしたセンパイからその話を聞いた時、あたしもすごく悲しかったし、なにより腹が立った。センパイの夢をバカにすんな!!って。それに、それはあたしの夢でもあるんだって。もともと友達がいなかったあたしは、幸か不幸か周りの意見がそこまで気にならなかった。周りに何と言われようと、センパイと頑張れればいいや!あたしはあたしがパチンコを本当に楽しいって思ったんだからそれでいいや!って。でも、これまで普通に友達も多かったセンパイはそうはいかなかったですよね。あれから、一緒に家でパチンコをすることもなくなりましたし、自然とセンパイと過ごす時間も減ってしまった。だけど、センパイはあたしの前から決していなくなりはしなかった。だから今度は、あたしがセンパイの支えになりたい。周りが何を言おうと、センパイはセンパイのやりたいようにやればいいじゃん!って思わせたい。あの時からずっとそう思ってきたのに、いつもいつも上手に伝えられなかった…。さっき、迷っていた夢への答えが出るかもしれないって、センパイはそう言ってましたけど、本当はそのキッカケになりたかった…。」


 江奈のうるっとした目からはすでに涙がこぼれていた。イツキは黙ったまま聞き、カバンからハンカチを出して、江奈に渡した。


「なんで、ハンカチなんか持ってるんですか?」


「父親が、男なら一応もっとけ!って。ずっとカバンに入れっぱなしのやつだけど。」


「センパイのくせに、、キモいです。笑」


 江奈は涙をぬぐいながら、少し笑った。


「江奈がおれのことや夢のことをそこまで考えてくれていたなんて気づかなかった。ごめん。でも、、ありがとう。」


「…………」


「でも、一旦、夢のことはさておき、」


 イツキはハイボールを一口飲んだ。


「おれは、いつでも江奈のことを大切に思ってるよ。たとえ、おれと江奈の間に共通の夢がなくたって、江奈は大事な存在だよ。だって、おれらはさ、"ジャグリング"のランプを光らせるのに1か月も研究を重ねたくらいの、お互いパチンコやスロットが大好きな貴重な幼馴染じゃんっ! 今思えばさ、小学生からパチンコにドハマりしてる変態なんて、うちらくらいじゃない? だからさ、そんな江奈を独りにはしないって。あの時もそうだし、これからもそう。それは約束する。」


「…………」


 涙を拭きながらイツキの話を聞いた江奈は、少し和やかな表情になり、小さくつぶやいた。


「センパイは、、いつもそうやって、、ずるいです…。」

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