第71話:初めての秘密と光のような約束

 イツキの両親は共働きであったため、昼間のイツキの家にはイツキ本人しかいなかった。それでも、できるだけ江奈を楽しませようと、イツキは椅子に登って高いところにある棚からお菓子を拝借したり、親に買ってもらった大切な缶ジュースを振る舞ったりと家に遊びに来た江奈を全力でもてなした。


 イツキは"友達"と感じてもらえればと思っていたが、江奈はそういったイツキの姿を見て、本当に"お兄ちゃん"のように感じていた。


「じゃーん!! これが、学校で言ってた"すごいゲーム機"だぞ! パチンコって、言うんだ!」


 お菓子を食べてひと段落したところで、イツキは得意げにふすまを開けて、ずらっと並んだパチンコ台を江奈に見せた。


「わーっ! なにこれ! こんなゲーム機、見たことないよ! パチンコ? どうやって遊ぶの?」


 江奈は初めて見るパチンコ台に興味津々だった。


「まぁまぁ、焦るな!」


 父のガクにパチンコの打ち方を教わっているイツキは、得意げな表情で電源をいれて玉をセットした。


 <ぴぴ、ふぉーーーん>

 <ききーん、しゅーん>


 台はキラキラと輝きながら、江奈が聞いたこともないような音を立てた。


「すごい、すごいきれい!」


 パチンコ台を見つめる江奈の目も負けずにキラキラと輝いていた。


「そうだ!」


 イツキはいつかのガクの真似をして人差し指を立てた。


「このパチンコってのは、大人が遊ぶような"すごいゲーム機"なんだ。だから、お父さん、お母さんには内緒だぞ!! ここだけの秘密だ!」


「イツキくん、わかった! 2人の秘密ね!」


 2人が親密になるには"秘密"の共有が大事。なんていうのは、主に恋愛的文脈で巷でよく聞く話だが、当然小学生のイツキがそんなことを狙っていたわけではない。しかし、図らずとも、江奈にとっては歳が近い子とできた初めての"秘密"。嬉しいのはもちろん、イツキへの親密度も爆上がりだった。


 <びぎゅーーん!>

 <がががが、どどーん!>

 <きゅぴぴぴぴーーん!>

 <777>


「わっ、びっくりしたー! すごい音がなるんだね。これでクリアなんだね!」


 わりと初めのうちから、うまく回せていた江奈はめでたく当たりを引くことができた。小学生の女の子にとって、果たしてこれがどれくらい楽しかったのかはわからない。正直、なにがなんだか、よくわからなかっただろう。


 それでも、放課後は毎日家でひとりで過ごしている江奈にとって初めてイツキと遊んだこの時間は、何にも変えがたいほど心が満たされる時間だったことは間違いなかった。


「な? パチンコって、すごいだろ? おれも大人になったら、こんなすごいパチンコ台を作るんだー! いや、これよりもっとすごくて、おもしろいやつを作る!」


 パチンコを打つ江奈の横で、イツキは目を輝かせた。その声ははっきりと強く、江奈はそんな眩しいイツキに吸い込まれてしまいそうだった。


 それからというもの、江奈は頻繁にイツキの家に遊びにくるようになった。その度に、2人は部屋でパチンコを打った。気づけば江奈もパチンコの要領がわかり、普通に楽しめるようになっていた。


 そんなある日、部屋に1台だけあったスロットに江奈が興味を持った。それは、だいぶ昔の"ジャグリング"であった。


 江奈の願いとあらばということで、とイツキは早速スロットに電源をいれてみた。ただ、イツキもスロットは初めてだったので、意気揚々と電源を入れたものの、やり方が全くわからない。2人は近くの棚の引き出しを手あたり次第に開け、スロット用だと思われるコインを探して、手当たり次第にボタンを押していった。


 1枚掛けから3枚掛け、色々な押し順、目押しなど、できそうなことをひたすら試していった。


 結果、1週間に2回くらいのペースで遊んでいたイツキと江奈は試行錯誤を繰り返し、当たりを告げるランプが光るまでに約1か月を要した。


 そのランプが初めて点灯した瞬間は、まるで何かの実験の成功したかのように、2人はハイタッチをしてはしゃいだ。一度要領がわかればスロットも楽しいもので、特に江奈はスロットの方が気に入ったようだった。


 ある日、いつものように2人で遊んでいる時、江奈が急にイツキの肩をたたいた。


「あたしも……、あたしも、おもしろくてかっこいいパチンコとかスロットを作ってみたい。」


 イツキは驚いた。でも、それ以上に嬉しかった。なにせ、最初は放って置けないという理由で家に誘った江奈だったが、いつの間にやら大好きなパチンコの話ができる唯一無二の大切な友達になっていたのだから。


「じゃあ、作ろうっ!"一緒"に! みんなを驚かせられるようなパチンコ台、一緒に作ろうなっ! 江奈はスロット台もいけるかっ!」


 イツキは江奈の方をみて、ニッと歯を出した。


 後にも先にも、江奈はこの時ほど"一緒"という言葉が嬉しかったことはなかった。自分もパチンコが作りたいと伝えてよかった、と江奈は心からそう思った。


「うん! つくる! "一緒"に!!」


 手探りの中、1ヶ月という時間をかけてイツキと一緒に光らせた当たりのランプは、いまでも江奈の心で輝いている。それは、ひとりぼっちの暗い海原でやっと見つけた灯台の光のようで、江奈の人生のおける大切な道標でもあった。

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