第70話:イツキと江奈の出会い
江奈にとって、イツキの見た目についてだけ言えば、前でも今でもどちらでもよかった。ただ、見た目が変わったことよりも、"なぜそんな変化が起きたのか"ということが気になった。
「そうそう。この前ナナさんにさ、美容室連れて行ってもらったり、服選んだりしてもらったりしてさ。おかげで、ちょっといい感じになれたんだよね。それにしても、ナナさんってほんとすごくてさ、おしゃれなのにそれを鼻にかけないで、ちゃんとこっちの趣味も汲み取った上で服とか選んでくれるんだよね。あれは、なかなかすごいなと思ったよ。」
「……そうなんですか。それは、よかったですね。」
イツキから先日のナナとの買い物の件やナナを褒めているのを聞いた江奈は、やや下を向きながら冷たい口調だった。
「ん? なんか、怒ってる?」
江奈の口調が不機嫌そうだったので、イツキは何かまずかったかなと疑問を感じた。
「別に怒ってません! ただ、そんなにチャラチャラしてていいんですか?」
「チャラチャラって…。なんもチャラチャラなんてしてないよ。」
「してるじゃないですかっ!」
江奈は強い口調になりながら、運ばれてきたジンジャーハイボールをグッと飲んだ。ジョッキをテーブルに置いた江奈は、やや困っているイツキの目を見た。
「センパイの……、センパイの"夢"はどうするんですか?」
「…………」
イツキはその言葉を聞いて、ハッとした。同時に、さっきはすぐに出てこなかった江奈との思い出の断片が少し頭に蘇った。
ーー11年前。名古屋。
当時小学生であったイツキの家の左隣は長らく空き地だった。イツキはその空き地に頻繁かつ勝手に侵入しては、伸び放題の雑草にとまる昆虫を集めたものだった。昆虫を捕まえて家に戻ると、母は少し嫌そうであったが、父はすごく褒めてくれた。そんなイツキの大好きな遊び場となっていた雑草群が急に綺麗になり、工事がはじまったものだから、イツキはその時のことはよく覚えていた。
イツキが夏休み中の8月前半くらいのことだった。さっぱり整備された空き地にあっという間にイツキの家と同じくらいの家が建ったかと思うと、"八重樫さん"という3人家族がそこに引っ越してきた。これまで仕事の都合で全国を転々としてきたが、名古屋に落ち着きそうなので家を建てた、ということらしい。
「うちの江奈です。お宅のイツキくんの1学年下になります。ほら、江奈。ご挨拶しなさい。」
「……こ、こんにちは。」
「おれ、イツキ! 江奈ちゃん、よろしくね!」
イツキの家に挨拶に来た江奈はとても緊張していて、母の脚の後ろに隠れるようにしながら、もじもじと挨拶をした。そんな江奈に、イツキはにこっと元気な笑顔で応えた。
当時の江奈にとって、イツキは元気で活発、それでいて優しくて頼りになる、まさにお兄ちゃんという感じだった。
2人は同じ小学校だったため、イツキは学校内で江奈を見かけることも多かった。ただ、イツキが見かける江奈はいつもひとりぼっちだった。自分から望み好んでひとりでいるというわけではなさそうで、江奈の顔はどこか寂しそうなのだ。
それもそうだ。小学校低学年での転校。さらに、もともとそこまでコミュニケーション活発な方でない江奈にとって、物心ついた時から、短期間で住む場所がころころ変わるという環境はなかなか厳しいものであった。仲が良いと言える友達はおらず、あまつさえ友達の作り方すらわからないという状況だった。
「ねぇ、江奈ちゃん! 今日、学校終わったら、うちに遊びに来ない? 他の家には絶対に置いてない"すごいゲーム"もあるんだぜ?」
家が隣ということもあって、江奈のことを放っておけなくなったイツキは、早めに授業が終わる水曜日に江奈に声をかけた。
「……え、、いいの? イツキくんち、行ってみたい!」
掃除当番なのか、ひとりでゴミ捨てに出ていたところに誘われた江奈は、驚きながらもとても嬉しそうに笑った。イツキは笑う江奈の顔を見て、とりあえずほっと安心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます