第50話:14年前とイツキの父

 "なぜ、パチンコを始めたのか?"というナナの質問に対して、テキトーに答えようと思えば、"楽しそうだと思ったから"とか"友達に誘われたから"とか、色々やり様はあったろう。しかし、この時のイツキはナナに対しては本当のことを言わなければいけないという気がしたのだった。


「もちろん、ご存知の通りパチンコは18歳以下は禁止なので、お店で打ったわけではありません。僕の父は名古屋に工場があるパチンコメーカー"SANKYU"の企画担当なんです。だから、うちには参考用としていろんなパチンコ台が置いてありました。」


「……えっ! ちょっと、待って!! "SANKYU"って、あの"森物語"のっ!?」


「はい! 実はぼくの父が初代からこれまでずっと"森物語"の企画担当なんです。」


「……まじでっ?!?! えっ? ちょっと待って、、やばいしか出てこないんだけどっ!! ふつーに語彙力飛ぶしっ、まじか…っ。」


 ナナは座っているイツキの太ももに思わず手を置いて、目はきらっと輝いていた。


 ーーー14年前。名古屋にあるイツキの家。


「お母さん、イツキ、ただいまー!」


「お父さん、おかえり! 今日は早かったね!」


 いつもより早く仕事が終わり、家に帰ったイツキの父"一ノ宮いちのみや ガク"は、玄関へ走る小学校1年生のイツキに迎えられていた。イツキの家は程よい大きさの日本家屋の一軒家で、父と母とイツキの3人で仲良く暮らしていた。ちなみに、左隣には江奈の家があった。


 ガクは長身、痩せ型で、いつも黒のセットアップを着ている様なおしゃれな人であった。好きなことや人に、どこまでも真っ直ぐで、自分の人生を心から楽しんでいた。


「イツキ、ちゃんと宿題はやったのか? わかんねーところはねーか?」


「うん! ちゃんとやったよ!」


「そうか! えらいな! じゃあ、久しぶりに一緒にゲームでもするか? 俺なぁ、"スーパーブラザーズ"ちょっと上手くなったんだぞ!」


 ガクは部屋着に着替えて、ビールを飲むと、得意げにテレビゲームを指さした。


「うーん、"スーブラ"もいいんだけど…。えっと、ちょっと"あれ"で遊んでみたい…。だめ?」


 イツキは半分ダメ元というような顔で、リビングから通じる一部屋に並べられているパチンコ台の方をちらっと見た。


「そうか、そうかぁ。イツキもパチンコに興味あるか! まぁ、イツキも小学生になったしな。どれ、試しにちょっとやってみっか?」


 ガクは嬉しそうな顔でイツキを見た。同時に、「イツキにはまだ早いんじゃないかしら?」と言いたげな母の視線をキャッチしたガクは補足を加えた。


「でも、イツキ! ひとつ約束な。大人になるまで、パチンコは家でしかやっちゃだめだ。いいな?」


「うん!わかった! 約束!」


 イツキはこれまでランプやハンドルを触る程度しかできなかったパチンコ台で遊ぶことが許されたのがとても嬉しく、すぐに約束の小指を立てた。


「ならよし! じゃあ、電源を入れるぞ!」


 <ぴぴ、ふぉーーーん>

 <ききーん、しゅーん>


 ガクが電源を入れると、パチンコ台が始動し、台がきらきらと輝き出した。今のパチンコ台と比べると、画面は小さいし、解像度も荒い。役物も派手な動きはしない。けれど、どのテレビゲームでも味わったことのない煌めきや音は一瞬でイツキの心をがっちり掴んだ。


「おぉー、すごいすごい! お父さん、すごいよ!!」


「そうだろ!? でも、まだ電源入れただけだぞ! 楽しいのはこっからだ!」


 ガクは興奮気味のイツキを制すと、台に玉をセットして、2、3発ほど試しに打ち出した。それからイツキの隣に座ると、「イツキ、ハンドル握ってみ!」と促した。


 イツキはハンドルを回すが、最初は思いっきり右に飛んでしまったり、弱すぎてうまく飛ばなかったり、上手な"左打ち"ができなかった。


 すると、ガクはイツキの手を上から握ると、「こんくらいだ!弱すぎても、強すぎてもだめだ。このくらいを維持するんだ。」と、うまく調整した。ハンドルを持つイツキの手を上から優しく包み込んだガクの大きな手はとても優しく温かく、弾き出された玉は"しゃこん、しゃこん"といい音をたてて、綺麗に飛んだ。


 上手く玉が飛んできたところで、ヘソやアタッカーの場所、どうなれば当たりなのかをガクは丁寧に説明した。母は「またまた、そんないっぺんに難しい話をしても…」という顔をしていたが、パチンコのことになるとガクはついつい夢中になってしまう。たしかに、小学1年生のイツキはガクの説明の半分も理解していなかったかもしれない。けれど、ヘソを狙い続けるイツキの顔は夢中そのものだった。


「イツキ、どうだ。楽しいか?」


「うん! 難しいけど、すごくおもしろいよ!」


「そうかそうか! じゃあ当たるまでやってみっか!」


 イツキが"おもしろい"と言ってくれたことが嬉しかったガクは、リビングからビールを持ってきて、イツキの打つパチンコ台の横にあぐらをかいた。


 <びぎゅーーん!>

 <がががが、どどーん!>

 <ぴきぴきぴきぴーん!>

 <555>


「おぉ、おぉ、おぉ!! お父さん、お父さん、当たった?! これ当たった?!」


 打ち始めてから20分ほど経ったころ、派手な演出とともにイツキは人生初めての当たりを引いた。


「おぉ、イツキ、うまいぞ!! 大当たりだ!! そしたら、ハンドルを思いっきり右に回して"右打ち"開始だ!」


 "いつかは子どもと一緒にお酒を"というのを楽しみにしている親は多いかもしれないが、ガクの場合は"いつかは子どもと並んでパチンコを"の方が楽しみだった。それゆえ、思っていたより早く訪れたこの機会をガクも心から楽しんでいた。もしかしたら、"小学生にパチンコを教えるなんて!"と誰かに思われるかもしれない。でも、ガクにとっては、そんなことどうでもよかった。


 一連のゲームフローを終えたところで、「イツキ、よく当てたな!今日はここまでにしような!」とガクはパチンコの電源を落とした。イツキは非常に名残惜しかったが、パチンコ台で遊べたこと、それが楽しかったことで胸はいっぱいだった。


 ガクは台を元の状態に戻しながら言った。


「イツキ、どうだ? パチンコ、おもしろいだろ?」


「うん! こんなにすごいと思わなかったよ。」


「実はお父さんな、今ものすごくおもしろいパチンコ台を作ってんだ!」


「え!そうなの? いまのよりもおもしろい?」


「あったりまえだ! いま作ってるのはな、シンプルなんだけど奥が深くてな、”老若男女"誰もが等しく楽しめる台なんだ!」


「ろ、ろーにゃくにゃんこ?」


「ちゃうちゃう! 老若男女つってな、まぁ、年配の人も若い人も、そして男も女もみんなってことだ! みんなが楽しめる日本一の台にしよう!伝説を作ろう!って、会社のみんなで頑張って作ってんだ! ほんとにすごいんだぞ〜! あぁ、楽しみだ!」


 そういって、ガクはカバンから制作中の台のパンレットを取り出し、「ほれ!」とイツキに渡した。


「うわーっ!! これはすごいや!! うちにあるパチンコ台と全然違う! おもしろそうでかわいい!」


 イツキは目を輝かせてパンフレットを眺めた。


 そのパンフレットの表紙には、パチンコ台と楽しそうな演出、それに加え愛らしいキャラクターがたくさん描いてあり、少しレトロなタイポグラフィーで"森物語もりものがたり"と書いてあった。

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