第49話:夜空とコーヒー
「カフェ、どこもいっぱいですね…。」
「あはは…、そうだよねっ…。新宿あるあるだねっ……。笑」
休息のためにカフェを探すイツキとナナ。しかし、目に付くカフェに入れど入れど、程よい空席はなかった。ただでさえ、買い物で疲労しているのに、カフェ探しによってより疲れていくというところまでが新宿での買い物だ。
「しゃーないっ! 帰ろっかっ!」
さすがにここは空いてるだろうと思ったちょっとお高めのカフェに列ができているのを見て、2人は新宿から撤退することを決めた。
夕焼けに染まってゆく街の間をオレンジ色の中央線がゆく。2人はドアの近くに立ち、眼下を過ぎる街々をただただ眺めた。イツキは自分とは別世界に住んでいると思っていたナナと同じ景色を見つめながら電車に乗れることが、やっぱり不思議であったが、それでいて嬉しかったし、居心地も良かった。
しかし一方で、どこか"寂しさ"も感じていた。中野、高円寺そして阿佐ヶ谷。こういった街は夕焼けと一緒に見ると、ほぼ確実にセンチメンタルな気分になるが、理由はそれだけではなかった。
いま思えば変な理由だが、いずれにせよ今日はパチ友になったお礼という名目があったから、こうしてナナと一緒に出かけることができた。しかし、約束が果たされたいま、もうナナとこうしてどこかに行ったりすることはないんだろう。そう思うと、イツキの心はなぜかキュッと締め付けられるような感じがした。
いまだに緊張こそするものの、ナナといる時間は本当に好きだった。逆に今日みたいな時間がもう訪れないと思うと、こんなにも残念で悲しい気持ちになるのかと、イツキは自分でも驚いていた。2人を乗せた電車が、2人の住む最寄駅に近づいてゆく。このまま、この先も、もう少し一緒に走って行けたら、とイツキは願うように思っていた。
東小金井に着いたころには、だいぶ日が暮れていた。外にでるなり、ナナが急に声を出した。
「あっ! 満席だったからしょうがなかったけど、カフェおごってもらえるんだった!!」
さっきまでは、とにかくカフェの空席を見つけることに必死だったが、行きの電車のスロットアプリの勝負のことをナナは思い出した。
「じゃーっ、コンビニコーヒーでもいいよっ! この時間なら、公園でもそこまで暑くないしっ!」
帰り道に公園があることを思い出したナナは、駅前のコンビニを指さした。
「わかりました! カフェのコーヒーはまた今度ちゃんと奢りますから!笑」
このまま帰るものだと思っていたイツキは、もう少しナナと一緒にいられることになったのが嬉しかったし、なんならコーヒーをご馳走するという理由であわよくばまた会えたらな、とも考えてしまっていた。
イツキはLサイズのアイスコーヒーを2つ購入し、ひとつをナナに手渡した。
「くぅーっ! 夏のアイスコーヒーはやっぱ沁みるっ!! しかも、スロットで勝ってご馳走してもらったやつは格別ーっ!」
「アプリですけどね、笑 というか、今日はとてもお世話になりましたし、普通にコーヒーくらい、いくらでも買いますよ。笑」
「さんきゅっ! あっ!ちょうどベンチ空いてんじゃんっ! ちょっとここで休んでこーっ!」
2人は真夏のアイスコーヒーを堪能しながら、帰り道にあるちょっとした公園にやってきた。遊具が2つくらいとベンチが置いてある、本当に小さな公園だ。夜なので人はいなく、ちょっと一息つくにはぴったりだった。ベンチに腰掛けると、足の疲れが"待ってました!"とふくらはぎに押し寄せてくるようだった。
「地味に結構歩いたよねっ! でも、思ってたよりイツキが楽しんでくれたみたいでまじよかった! どっ?見た目も自信持てそっ?」
「はい! ナナさんのおかげで、今日は自分でも人生史上で一番"マシ"だったと思います。自分でもびっくりしました。髪や服でこんなに印象変わるんだなって。いやでも、どれもこれもナナさんやゆいさんのおかげというか。自分ひとりだったら、絶対にこうなりませんし、そもそもひとりであんな店に、、」
「……"マシ"ってか、ふつーに"かっこいい"と思うよ。」
買ったばかりのジャケットの裾をいじりながら、照れ臭さいのを隠すようにベラベラとしゃべるイツキの横でナナがボソッとつぶやいた。
「ん? ナナさん、何か言いましたか?」
「な、なんでもないっ!!」
ナナは顔を若干赤らめながらアイスコーヒーを一気に飲むと、ここ最近イツキに聞いてみたかったことを質問した。
「ねぇ、なんでイツキはパチンコ始めたの?」
「…………」
イツキはナナからの質問を聞くと、ジャケットの裾をいじるのをやめ、少し複雑そうな顔をした。そして、しばらくの間のあと、イツキはゆっくりと話を始めた。
「あれは6歳の時でした。ぼくが初めてパチンコを打ったのは。」
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