第46話:イケメンじゃん!?

 平日とはいえ、新宿の駅ビル"LUMIE"はとても多くの人で混み合っていた。ナナの美容室のチョイスが超本格的だったので、どんな高級な服屋に連れて行かれるかと内心ドキドキしていたイツキだが、一般的な場所でいくらか安心した。


「イツキはさっ、どんな服装が好みとかあるーっ?」


 LUMIEのエスカレーターを上りながら、ナナが振り返った。


「そうですね…。どちらかというとシンプルな方が好きですかね。」


「なるほどっ! シンプル系か! いいかもねっ!」


「ナナさん、ぼくの好みとか聞いてくれるんですね。」


 ナナがちゃんと自分の好みや意見を聞いてくれることにイツキは驚いた。


「そりゃそうでしょっ! だって結局さっ、選んだ服を普段着ることになるのはイツキなわけだしっ! "似合うよ!"って渡された服より、自分で"着たい!"と思って一緒に選んだ服の方が上がるでしょっ!?」


 ナナはおしゃれの知識も豊富だし、センスもいい。場合によっては、「わたしが選んだものが正解なのよっ!」と天狗になってもおかしくはない。それなのに、ナナは決して相手の想いを置き去りにしたりはしない。イツキはナナの言うことを聞きながら、本当に相手のことを考えられる素敵な人だなと思った。


「じゃ、じゃあ、これなんかどうですかね? 僕的には結構好きなんですけど…。」


 気づけばそこまで服装に興味がなかったイツキも、ナナとのやりとりを通して、次第に自分が着たいものに意思を示せるようになっていた。


「うんっ! いいじゃん、いいじゃん!! そのパンツに合わせるなら、このジャケットなんてどうっ?」


 ナナはシンプルなジャケットを店の奥から持ってきた。


「思えばジャケットなんて、ほぼ着たことないかもです…。」


「まじかっ! じゃさ、試着してみちゃいなよっ!」


 試着というものに少し恥ずかしさを感じたイツキだったが、ナナに背中を押されるままに試着室に入った。


「どう? いい感じっ? 開けていいっ?」


「ナナさん、ちょ待ってください…。」


「ほーいっ!」


 しばらくしてから、試着室のカーテンが開いた。そこに立っている気恥ずかしそうなイツキを見たとき、ナナは思わず"ドキッ"としてしまった。


「……ぅそ。」


「えっと、変ですかね……?」


「いやっ! めっちゃいいっ! それ、かっこいいよっ!」


 ナナの言葉は決してお世辞ではなかった。元々細身のイツキにシンプルなパンツとジャケットはよく合った。さらに結衣がカットしたヘアスタイルもそのファッションと相性抜群だった。


「ナナさんにそう言われると自信がでますね。ぼくも気に入ったんで、これにしようかなと思います!」


 イツキは嬉しそうにそう言うと、再びカーテンを閉めた。


(え、やばーっ!! いやいや、そりゃジャケットいけるでしょ!とは思ってたけど、バキバキに着こなしてくじゃんっ! 髪も相まって、かなりイケてるんですけどっ。てか、待って、もはやただのイケメンじゃんっ!?)


 カーテンが閉められた後も、ナナは直接言葉にできなかった感想を心の中でしばらくだだ漏らしにしていた。

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