第45話:短くなった前髪

「じゃっ、早速やりますか! どう? イツキくん、希望とかある?」


「い、いえ。ただ、あまりに短いのはちょっと落ち着かないなと…。」


「オッケー、了解〜! じゃ、あとはお姉さんに任せといて〜!」


 結衣は手際よくイツキの髪をいじりながら、スタイルを模索すると、シャンプー台に誘った。普段は家の近くで散髪を済ませているイツキにとって、いい匂いの漂うおしゃれな空間で顔に布を乗せられ、美人なお姉さんに髪を洗われるという経験もまた緊張するものであった。


 都心の有名美容室で働いているだけあって、結衣の腕はかなりのものだった。まず、カットに迷いがない。初めて切るイツキの頭なのに、ためらいなく指で髪を束ね、美しいハサミ捌きでカットをしていく。切っているそばから、音を立ててかっこよくなっているのがわかるようだった。


 イツキが結衣のカットを感心して眺めていると、結衣が笑みを浮かべながら、鏡越しのイツキに話しかけた。


「ねぇ、イツキくんとナナちゃんはどんな"関係"なの?」


「え…? えっと、、それは、、、」


 イツキは答えにつまった。ナナの担当スタイリストのため、正直に"パチ友"と言うわけにはいかない。すこし悩んだあと、「大学の先輩と後輩なんですけど、ナナさんは友達として僕に接してくれている感じです…。かね。」、とよく分からない回答をした。


「ふ〜ん、そっか!笑 いや、ナナちゃんがうちに男子を紹介してくれるなんて、初めてだったから。女子は何人かあるんだけどね。ちなみに、イツキくんから見て、ナナちゃんはどんな人に見える?」


 結衣は意味ありげに笑っているが、髪を切る手元のスピードは全く落ちていない。


「えっと、そうですね。当たり前ですけど、美人ですしスタイルもとても良いと思います。ただ、それ以上に何事も楽しもうとしていたり、周りのことを考えたり、期待に応えようとしている姿が素敵だなって思います。すごく、努力家ですよね、ナナさんって。」


 ナナのいいところを話すときは、なぜか少し落ち着いて饒舌になるイツキがいた。


「そっか! イツキくんは、ナナちゃんの内面をちゃんと見てあげてるんだね!」


 いつの間にか、結衣の手元は"すきバサミ"に変わっており、カットの工程はすでにボリューム調整に入っていた。


「うん! わたしもイツキくんが言っていることわかるな! ナナちゃんと話しているとこっちまで元気になるよね。あえて、ひとつ加えるなら、ナナちゃんって自分の"好き"に真っ直ぐなようで、さっきイツキくんが言っていたみたいに、周りの目を気にしすぎて遠慮したり、自分の気持ちに蓋をしたりすることもある気がするんだよね。付き合い長いからさ、モデルの仕事っぷりとか色々な話を聞いている中で、そう思ったりもするんだぁ。でも、やっぱり"好き"に素直でいたい気持ちが強いから、見せないだけで葛藤もあるんだろうね。だからイツキくん。ナナちゃんのそういうとこに気づいたら、力になってあげてね。きっと、イツキくんもナナちゃんから何がしかのパワー、もらってるんでしょ?」


 結衣はイツキのヘアセットをしながら、ナナとのこれまでを思い出すようにゆっくりと話した。


「たしかに、そうかもしれません。ただ、ぼくがナナさんの力になんてなれますかね……。」


 イツキは不安そうにつぶやいた。


「イツキくん! 今日はなんのためにここに来たのっ? ほら、前見てみ!」


 結衣はそう言うと、ポンとイツキの背中を叩いて、これまであまり鏡を見ていなかったイツキに前を向くように促した。


「おぉっ…!」


 鏡を見たイツキは思わず驚いた。これがプロの仕事ってやつなんだと思った。これまでの無造作な髪とは打って変わり、爽やかなのだが、希望通り髪は短すぎず、それでいて今風でかっこいいのだ。間違いなく自分史上で一番イケていると正直に感じた。


「どうよ?」


「はい! ぼくもナナさんの力になれるよう頑張ります!」


 いい感じの長さに調整された前髪のおかげで視界が明るくなったように、鏡に映った自分と結衣の言葉に自信をもらったイツキの心もパッと明るくなった。


「なになにーっ? 何を頑張るってーっ?」


 ちょうどいいタイミングでお店に戻ってきたナナは完成したイツキのヘアスタイルを見た。


「うわっ! イツキ、めっっっちゃいいじゃんっ!! やっば! イケメン風にっていったのに、ふつーにイケメンじゃんっ!笑 やっぱ、結衣さん天才でしょっ?」


「ほ、ほんとですか。ありがとうございます。」


「ナナちゃん! イツキくんが、ナナちゃんとのこと褒めてたよ〜!笑」


「ちょ、結衣さん、それは言わないでくださいよ…!笑」


 とりあえず、新しいヘアスタイルがナナに好評だったことがイツキは非常に嬉しかった。あれだけ緊張していたのに、気づけばとても和やかな場でこうして3人で笑い合っている。ナナとナナの周りにいる人は本当に素敵な人たちなんだ、とイツキは改めて思った。


「いやーっ!ほんとにめっちゃいいよっ!! 結衣さん、まじでありがとうございますっ! 来月は、わたしをよろしくお願いしますっ! 今日はかっこよくなったイツキに合う服を探しにいってきますっ!!」


 2人は結衣にお礼を言い、SINONを後にした。


「さすが、ナナさん。すごいおしゃれな所で素敵な方に切ってもらってるんですね。」


「結衣さんは、まじですごいんだよっ! もちろん、上手ってのもあるけど、それだけじゃないのっ! その人の性格とか雰囲気を感じ取った上で似合うヘアスタイルを考えてくれるっていうか! まじで人間力半端ないよねっ!」


「たしかに、この短い時間の中でも、結衣さんは僕のことを知ろうとしてくれました。」


「でしょでしょっ! この髪型も結衣さんが考えてくれたんだっ! 自分でもまじで似合うじゃん!ってガチめで感動したよねっ!」


 ナナは嬉しそうにハーフアップの巻髪を揺らせてみせた。ナナほどの美人であれば、たいていの髪型は似合いそうであるが、いつもこの髪型なのはこういった背景があるんだなとイツキは思った。


「てかっ、イツキって好きな女子の髪型とかってあるっ?」


「え、好きな髪型ですか……。」


「いやぁ、イツキにもそういう好み的なのがあるのかなーって!」


 ナナはニヤニヤしながら、何かを試すように下から覗き込む様にイツキを見た。


「そ、そうですね。やっぱり、ポニーテールですかね。でも、ストレートのポニーテールより巻髪の方が好きですかね。」


「ほぉ〜っ! 結構詳細な好みまであるじゃん!うけるっ! イツキもちゃんと男の子ですなっ!笑」


 ナナはさらにニヤッと笑い、イツキの肩を軽くたたいた。

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