第30話:可愛い姿。見るか見ないか、見せたいか。

 先日のニュース通り、例年より早い7月頭に梅雨明けとなった東京には、雨に代わって陽が燦々と降り注いでいた。


 本日7月7日は赤保大学の学園祭。通称"赤保七夕祭"の中日であった。良い天気やミスコン開催日も手伝い、朝から多くの人が集まり、キャンパスは賑わいに満ちていた。


 イツキもあまり気乗りはしていないものの、ゼミの研究成果を展示するということで朝から駆り出され、友人の尚也と共に訪れる人に研究内容を説明していた。出店や出し物で賑わう学園祭の中で、統計学の研究発表を行っている教室にやってくる人はなかなかの通である。


 最初こそ乗り気ではなかったものの、イツキはゼミの教室を訪れてくるいかにも数学が好きそうな高校生や担当教授の知り合いと会話をすることを意外と楽しんでいた。内容が内容だけに、各人との話は長くなりがちで、イツキと尚也に時間ができたのはお昼をだいぶ過ぎたころだった。


 教室を出たイツキと尚也は、出店の屋台でお昼ご飯を調達し、校内に設置されているベンチに腰掛けた。


「イツキー、おつかれー! 意外と人きたな! しゃべり過ぎて、ちょっと疲れたわー。」


 フランクフルトにかじりついた尚也は、疲れたと言いつつも満足そうだった。


「あんなに来てくれるもんなんだね。でも、今日来てた高校生とか、うちに入ってくれたら嬉しいよね。なんだかんだ、楽しかったら、来てよかったよ!」


 イツキは焼きそばをすすりながら、尚也に賛同した。


「まぁ、それもそうだけどさ。イツキ!本当に楽しいのはこっからだろ?笑 ミスコン。ナナさんの応援に行くんだろ?」


 尚也は、"当然っしょ!?"という顔をしながら、フランクフルトの棒を目の前にあるゴミ箱への投げ入れた。


「あ、いやぁ、、行く予定はないけど…。おれの応援なんて、別にあってもなくても結果は変わらないだろうし。」


 強がりでもなんでもなく、イツキは本当に行きたい様子ではなかった。


「えっ?行かないの? ナナさんと仲良いのに? そこはふつー、行っとくっしょ!」


「いや、だから別にそこまで仲がいいわけでもないし。それに、なんかミスコンみたいな、そういう派手な場所、ちょっと苦手だし。ゼミの教室はしばらくおれが見ておくから、尚也は行きたいなら行ってきてもいいんだぞ?」


 学校行事というものがあまり得意でない方のイツキは、ミスコンなんて行ったら、身の置き場に困る自信しかなかった。それに、学食でさえ大人気のナナだ。ミスコンなんて出たら、もっとずっと大変なことになるのだろう。そんな様子を目の当たりにしてしまったら、今よりもっとナナとの距離が広がってしまいそうだ。イツキの中にはそうした不安も大きくあった。もはや、ミスコンという雰囲気が苦手というのはおまけの理由かもしれない。


「イツキ、そんな釣れないこと言うなよ!笑 前にも言ったろ、"学生らしいことも楽しめ"って。この先、社会人になったときに、"あぁー、あの夏に戻りてー"ってどんなに強く思い願っても、もう戻れないんだぜ? 今しかできなこと、見れないこと。今やっておこーぜ、見ておこーぜ!」


 尚也はベンチに座る2人を容赦無く焼かんとする日差しに負けないくらいアツかった。


「……尚也、その気にさせるのだけはうまいな!笑 まぁ、、それも一理あるか。」


「おうよ!一理どころか千里くらいあるだろ! つか、ミスコン15時からだろ? そうと決まれば、大講堂に急ごうぜ。」


 尚也の熱にほだされたイツキは、火傷しそうになりながら急いでたこ焼きを頬張り、ミスコン会場となっている大講堂へと向かった。


 ーーーそのころ、大講堂の控室にて。ナナは浴衣や髪型の最終準備を彩乃と麻呂に手伝ってもらっていた。


「実行委員で忙しいのに、彩乃までまじありがとっ!! でも、おかげさまで、なんかめっちゃいい感じっ!!」


 ナナは満足そうに鏡に映っている2人にお礼を言った。


「いいのいいの! 今日は委員会の仕事も落ち着いてるし。それに、やっぱこういうイベントは3人でやらないと!」


 ナナのヘアセットを担当している彩乃もとても楽しそうだ。


「それにしても、ナナさん〜、いつにも増してお綺麗ですぞ〜〜! これは、みんな大騒ぎ間違いなしですな〜。」


 高校時代から文化祭に体育祭など、何かのイベントの度に3人は協力して何かをやってきた。そのため、浴衣の調整を行っている麻呂も、久々に3人で行事らしいことができて、嬉しいのだろう。


「ねーねー、ナナー! あんたのこの可愛い浴衣姿、見せたい人とか誰かいないの?」


 彩乃はナナの肩に軽く頬杖をついた。


「えっ!? そりゃ、もちろんみんなに見てもらいたいよっ?」


 ナナは肩に乗った彩乃に顔を向けた。


「そーゆうことじゃなくて! ねぇー、麻呂?笑」


 彩乃はナナの肩から離れ、麻呂と目を合わせてニヤニヤとしている。


「えっと、、そ、そういうのはまだ…というか……。笑」


 ナナは2人のニヤニヤ顔に応えられないせいか、少し申し訳なさそうにした。一方で、ナナの中に誰か思い当たる人がいるようにも見えた。


「いやぁー、特にいないなら、それはそれでいいんだけどさ。こんなに可愛いから、ちょっともったいないなー、ってね!」


「ってね〜〜!」


「まぁ、そのうちいい出会いがあるよ! よしっ!完成っ!! 優勝、間違いなしっ!!」


 最後にいい匂いのするヘアミストをナナの髪にふりかけた彩乃がビシッと言った。


 可愛い姿を見せたい人か……。彩乃と麻呂との会話が終わった後も、ナナは心の中で考え続けていた。そんな人がいるような、いないうような。霧がかかったようなぼやーっとした中に、その輪郭が掴めそうで掴めないような。ナナはそんな心模様で舞台の袖に立った。

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