第29話:梅雨のすれ違い

「イツキ!おっはよーっ!」


 そこには、いつも通り元気でおしゃれで良い匂いのナナが笑顔で立っていた。


「あれあれっ? もしかして、ポスターのわたしに見惚れてたーっ?笑」


 ナナはニヤッとした表情を浮かべながら、肘でイツキをつついた。


「あ、いや、その……。」


 イツキはどうにもナナと目を合わせることができず、かつ、周りの視線を気にしながら口籠った。


「あ!てかさっ! こないだナインでメッセしたんだけど、既読無視したでしょーっ!? 地味にショックだったんですけどっ!」


 ナナは思い出したように、ナインの画面を開いたスマホをイツキに向けた。


「す、すみません…! ちょっと、返すタイミングを逃してしまい…。」


「まっ、イツキも忙しいだろうし、いいんだけどさっ!」


 ナナは、なかなか目の合わないイツキの横に並ぶように立ち、ナナも自分のポスターを見た。


「ミスコンねー。ぶっちゃけ、あんま乗り気じゃなかったんだけどさっ。七夕祭実行委員の彩乃が"どうしても!"っていうからっ。でもっ!せっかくだし、出るからには頑張るよーっ! あ!そうだっ!よかったら、イツキも見に来てよっ! ねっ!?」


 ナナはイツキの顔を覗き込むようにして見たが、それでもイツキとは目が合わなかった。


「行けたら、、行きます…。あ、では、ぼくはあっちの教室なので。」


 結局、イツキはナナと終始目を合わせられず、若干逃げるようにその場から離れた。


「あ、うんっ!またっ。」


(ナインもそうだけど、なんでちょっと避けてんだろ…。わたし、何かしたかな…。)


 ナナはイツキの態度に疑問と不安を持ちつつ、自分の教室へと向かった。


 人は誰しも元気の良い時と、そうでない時がある。バイオリズムというやつだろうか。また、何か特別な理由がなくとも、ちょっと頭痛がしたり、寝不足だったり、疲労が溜まっていたり、不調な要因は様々だ。そういった時は、ついその気がなくても、周りの人に対して塩対応をしてしまうものだ。


 ナナはそういったことを理解しているので、誰かに少し冷たくされたくらいで必要以上に気にしたりはしない。ただ、今回のイツキの態度には、ナナも自分で驚くほど執着してしまっていた。


 その日の夜。いつもはシャワーで済ませるところのナナであるが、お気に入りであるローズの入浴剤と共に久々にお湯に浸かっていた。


 ナナには、イツキが急に自分を避けるようになってしまった心当たりがないわけではなかった。学食で出会ったあの時、ナナ自身はすぐに去ってしまったからその後について明確にはわからないが、その時一緒にいた友人や周りの人に何かを言われたのかもしれない。勘のよいナナは、この仮説にたどり着いていた。


 もちろん、ナナだって友人に不憫な思いなんて1ミリもしてほしくない。それに、変な気だって少しも遣わせたくなかった。


「わたしだって、、わたしだって自分が仲良くしたいと思った人とふつーに仲良くしたいよ…。」


 湯船の中で膝をかかえ、ナナはひとり小さくつぶやいた。

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