第24話:嬉し涙の夜空

「ほんとにもらっちゃっていいのっ?」


 換金を終えて、いざ取り分を渡されると、ナナは改めて恐縮した。


「はい! いいんですよ。」


「まじでありがとっ! 嬉しいっ!」


 イツキの意思が変わっていないことが確認できると、ナナは喜んで取り分を受け取って、大事そうにバッグにしまった。


「いやーっ、それにしても結果的にイツキのおかげで勝てたけど、それを抜きにしても、ふつーにめっちゃ楽しかったんですけどっ! 1人でやるパチンコも楽しいけど、誰かと一緒にやるのはやっぱ楽しいねっ! 今日は付き合ってくれて、まじありがとっ!!」


「いえ、それはこちらこそです。僕もぶっちゃけ"並びで打って楽しいのかな?"って思ってたんですけど、やってみるとやっぱり楽しいもんですね。」


「なんか、2倍楽しめた気がして、お得感もあったーっ!」


 ナナは祭りの後のようなほくほくとした笑顔だった。先日、2人が初めてちゃんと会話をしたパチンコ屋から駅に向かう道。今日も駅までは自販機がふたつとコンビニがひとつ。何も変わっていない長い道のはずなのに、2人でハイライトを話しながら歩けば、あっという間だった。


「てかさっ!」


 駅まであと横断歩道ひとつまできたところで、ナナが改めて口を開いた。


「てかさっ! !"森物語もりものがたり"考えた人とか作った人って、天才じゃないっ!? おもしろいし、可愛いし、ワクワクするし、飽きないし、まじ全てにおいて神ってる!! あんなやばい傑作、どんな人が考えたんだろう。ほんとにすごいと思う、まじリスペクト!! そう思わないっ!?」


「…………」


「イツキっ? おーい、イツキっ?」


 ナナが自分の話に同意を求めて横を向くと、イツキは横で完全に固まっていた。それは、ナナのあまりに勢いのよい熱弁に圧倒されたというわけではなかった。イツキはナナの言葉を聞いて、思わず涙が出てしまうのでは、と思うくらい感動していたのだった。


「そ、そうですよね…。本当にすごいですよね!! 僕も"森物語"を考えた人はずっと天才だと思っていたんです!!」


 固まった体をじんわりとほぐしながら、イツキもナナと同じかそれ以上の勢いで答えた。


「やっぱそうだよねっ! イツキもそう思うよねっ! てか、なんか泣きそうじゃないっ? だいじょぶっ?笑」


 イツキがめずらしく感情をあらわにしながら、夜空を眺めているのを見て、ナナは少し驚いた。


「大丈夫です、、! その、あまりに嬉しかったんです…。 "森物語"を作った人のことをそんなに褒める人がいるんだなって。」


「え、そんなっ?笑 いや、ふつーに考えて、あれはただの天才でしょっ!! てか、なんでイツキがそんなに喜ぶんだしっ!笑」


「たしかに、そうですね…!笑」


 2人は"森物語"について改めて意気投合し、笑い合いながら駅構内に入った。イツキはナナの言葉が嬉しすぎて、何度も脳内でそれを噛み締めた。その度に、止まっていたアツいものが体内で駆け巡るようで、しばらく体が火照っていた。


 最寄駅について、時間を見ようとスマホを取り出したナナは、この時ふとイツキの連絡先をまだ知らないことに気づいた。


「そーだ、イツキっ! 連絡先、教えてよっ! また一緒にパチンコする時とか、知ってた方が便利じゃんっ?」


「あ、連絡先ですか、、。えっと、NINE(ナイン)とかでいいですか?」


 イツキは不器用な手つきでスマホを取り出すと、メッセージアプリのナインを起動した。友達と呼べるような女子がほぼいないイツキだが、もう大学生ともなれば、女子の連絡先ひとつでテンションが上がることはあまりない。


ただ、さすがにナナと連絡先を交換するとなると、ドキッとせざるおえなかった。それに、ナナはさらっと言ったが、また一緒にパチンコするかもしれないんだ、と思うとさらにその嬉しさというか緊張がイツキの鼓動に拍車をかけた。


「もちっ! ナインでっ!」


 ナナは自分のQRコードを画面に表示して、サッとイツキにスマホを差し出した。イツキがQRコードを読み取ると、"三ツ橋 ナナ"と画面に表示された。イツキはここでまたドキッとした。アイコンはどこかの旅先で撮ったであろうナナ自身の写真が設定されていた。小さなサイズのままでもとても可愛いことがビシバシと伝わってくる。拡大表示したい気持ちをイツキは一旦おさえ、挨拶代わりに"もちぐま"の「よろしく!」スタンプをひとつ送った。


「わっ! なに、イツキも"森物語"のスタンプ持ってんのっ!?うけるっ! めっちゃいいじゃん! もち、わたしも持ってんだけど、送れる相手がいなかったんだよねーっ。これで、イツキとのやりとりに使えんじゃんねっ! さりげ、それ嬉しいんですけどっ!」


 イツキの予想通り、いや予想以上にナナはスタンプに喜び、ナナも"森物語もりものがたり"のスタンプをいくつか送り返してきた。


「あっ! そーだっ! まぁ、大丈夫だろうけど、もし他の誰かにわたしのナインアカウント聞かれても、教えちゃだめだよっ?」


「あ、はい。わかりました。誰も僕に"ナナさんのアカウントを教えて"なんて言ってこないと思いますが、了解です。色んな人に連絡先聞かれるんですか?」


「まぁ〜、そんなことがあったりもするかな。こう見えて、わたしのナインは結構価値高いからねーっ!笑」


「そうなんですね。笑 わかりました! 勝手に人には教えませんから。では、今日はお疲れ様でした!」


「うんっ! 今日は楽しかったっ! またねっ!」


 ちょうど家の前まできたイツキはナナの忠告を受け取り、2人は解散した。イツキは家に入ると、いつもの自分からは絶対に発しない香りに気づいた。一日中ナナといたせいで、ジャスミンの香水の香りがイツキにも移っていたようだ。


 "ふつーにめっちゃ楽しかったんですけどっ!"

 ""森物語"考えた人とか作った人って、天才じゃないっ!?"

 その香りはさっきのナナの言葉と一緒にイツキの脳内を駆け巡った。本当についさっきまで一緒にいたのに、なぜだろう。イツキは、もうナナに会いたい気持ちになっていた。

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