第23話:ノリ打ちと約束
イツキが再びのRUSH(確変)で当たりを重ねる中、ナナはいつもより少し静かだった。
(いまのは、、いまの感じは一体なんだったんだろう……)
連チャンが続くイツキの台。派手な音なのに、それがいつもより遠く聞こえる気がする中でナナは気持ちを整理していた。自分がハズしたことのある演出を見事に当ててくれたことが単純に嬉しかったのか。普段あまり笑顔を見せないイツキの笑った顔にちょっと驚いただけのか。それとも別の何かか。気持ちというものは、考えて明確になるものではないから難しい。
「ナナさん、また10連いきそうですよ!」
(まぁ、なんだっていいかっ!!)考えてもよくわからない気持ちをほっぽりだし、ナナは再びイツキの台に意識を戻した。
「11連からの10連はやばいって!! なんだかんだ、イツキはいつもちゃんと当ててるよねーっ!」
ナナの言葉通り、午前中こそ冴えない台だったが、いつの間にやら"
前回の11連を越す12連でRUSH(確変)は終了し、イツキはまた大量の出玉を有した。当たりをたくさん引けたこと、そしてナナにちょっといいところを見せられたことで、イツキは大満足だった。
そんなイツキは、お昼にナナが自分にかけてくれた「せっかくなら2人とも勝ちの方が嬉しいじゃん?」という言葉が心に残っていた。
イツキはプラスもプラスだが、戦況変わってナナはもはやマイナス。でも、きっとナナのことだから「あちゃーっ、今日も勝てなかったかーっ!午前中はいけると思ったんだけどなっ!午後はいつものわたしに戻っちゃった!でも、演出コレクションは増えたし、イツキもめっちゃ当てれたしよかったよ!」と楽しそうに笑うのだろう。
イツキはもっとナナにも喜んでほしい、せっかくなら2人で勝ちを喜びたい、と強く思った。そんな風に感じる自分にある種の新鮮さを感じながら、イツキは隣で打ち続けているナナに声をかけた。
「あ、あのナナさん…。今日は"ノリ打ち"にしませんか?」
ナナは驚いて打つのをやめ、イツキの顔を見た。
ノリ打ちとは、2人以上でパチンコやスロットを打つ際、最後に収支を均等にならすことである。今回の場合だと、ナナのマイナス分よりイツキのプラス分の方がはるかに多いので、ナナはマイナス分がチャラになり、さらにプラスの出玉ももらえることになる。
ノリ打ちするか否かは、通常は打ち始める前に両者間で決めておくことであるし、まして損しかしないイツキからこの後に及んでノリ打ちを提案してくるなんて、普通はありえない話である。
「まっ? え、まっ? いやいやいやっ!! いいよいいよっ!!」
提案自体はもちろん嬉しかったが、さすがに悪いのと、イツキに気を遣わせてしまったかもしれないと、ナナは手をぶんぶん振りながらそれを断った。
「でも、ナナさん、せっかくなら2人とも勝ちの方が嬉しいじゃないですか? それに、さっきお昼ご飯を食べながら、ナナさんがそう言ったんですよ?」
自分は損をしてしまうにも関わらず、イツキの顔には一切の曇りがなく、それを笑顔で楽しんでいるようだった。そんなイツキの表情を見たナナは、自分が思う以上にイツキは人に温かく、懐が広いんだなと思った。そして、自分の発言を覚えてくれていたことやそれを逆に返してくれることが、なにより嬉しかった。
「たしかに、そんなこと言ったけどさぁ、、まじでいいのっ?」
「全然いいですよ! 僕にも徳を積ませてくださいよ!笑」
「めちゃめちゃ嬉しいんですけどっ!!」
「よかったです! 朝からずっと2人で並んでたわけですし、今日は一緒に勝っておきましょうよ。」
「イツキーっ、いいやつすぎるんですけどっ! でも、まってまって! ちゃんとお礼はするからっ!」
もらいっぱなしは嫌というか、むしろ相手のために何かしてあげたい性格のナナは、いま何かができるわけではないが、その誠意だけは伝えた。
「そんな、いいですって。」イツキも別に見返りを求めているわけではない。
「じゃ、じゃあ! 今度なんでも好きなお願いを"ひとつ"聞いてあげるっ! どっ? 良くないっ?」
「なんでも…ですか。」瞬間的には全く何も思いつかないイツキは、ちょっと困った声色でナナの言葉をただ繰り返した。
「そっ! なんでもっ! あっ! でも、えっちなやつとかはだめだからねーっ!!笑 さては、もう想像してたなーっ!笑 できる範囲の"なんでも"ねっ!」
「わ、わかってますし、想像もしてないですよ!笑 じゃあ、とりあえずそういうことで、帰りましょうか。」
2人は何言ってんだかの会話で笑い合いながら、席を立ち、換金を済ませ、外に出た。さっきまで、明るかったのにすっかり日は暮れていた。夜なのに、湿度は高く、なんとなく明日は雨なんじゃないかと思うような匂いがした。
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