第5話:当たり/ハズレな出会い

 ナナはトイレで手を洗うと、店を出る前にもう一度"森物語もりものがたり"のコーナーをのぞいてみた。


(え……っ。うそでしょ!? あれって、わたしが座ってた台? 98番台。間違いない…。うそじゃーん!! 当たってるしっ! あーん、まじなんなわけぇーー!ひどいよぉー。)


 ナナが店内を歩き、トイレに行っていた15分程度の間に、さっきまでナナの打っていた台は次の人が打ち始め、早々に当たったようだった。パチンコを打っていればよくあることではあるが、この悔しさはかなりのものだ。


 当たりまで、あと少しのところまできてたのに!あと2000円分くらい粘っていれば!そんな悔しすぎる思いで店を出たナナは、「あのクソ台めーっ!」と、道に落ちていた小石をつい蹴飛けとばしてしまった。


「いてっ!」


 悔しい思いが乗っかっていたからだろうか。軽く蹴ったはずの小石は思いのほかよく飛び、前を歩く男のくるぶしに直撃した。


「えっ?あっ! ごめんなさいっ!!」


 ナナはすぐに男の元へけ寄った。


「すみませんっ!! わたしが蹴飛ばした石です! 決してあなたを狙ったわけではく、、ほんとごめんなさいっ!!」


 蹴った石がまさか人にあたるとは、、と自分でも驚き咄嗟とっさに謝りまくったナナであったが、頭を上げその男をちゃんと見て、再び驚いた。男は、さっきナナがホール内散歩をしていた時に8400枚超えを出していた、"いつも出している人"であった。


「あ、大丈夫です…。」


 男はナナの謝罪に対して、無愛想に返事をした。無愛想にといったが、歩いていて急にこんな出来事が起きたら、このくらいの返ししかできないだろうし、普通と言えば普通なのだろう。だが、男はこう続けた。


「あのー、すみませんが、クソなのは台ではなくて…、どちらかというとあなたの打ち方に問題があったんじゃないのかなーと。」


 負けるとすぐ台のせいにする人っているんだよねー、と言いたげなちょっと困った表情で、苦笑まじりに男はつぶやいた。


「…………なんですかっ!? 石をあなたにぶつけちゃったのはわたしが100%悪いですけどっ、打ち方まで否定されたくないんですけどっ!! たしかに上手ではないかもしれないし、今日は当たらなかったけどさっ、楽しかったことは楽しかったですしっ!!」


「あ、すみません…、楽しかったんですね。それなら、よか…」


「では、すみませんでしたっ!!」


 石をぶつけたこと以外のこと、それも現在一番くやしかった勝負について知らない人にあれこれ言われたナナは、思わず猛烈に反撃し、男の返答もさえぎり、スタスタを駅まで早歩きで向かった。


(わたしだって、普段は"クソ台"なんて絶対言わないしっ。特に"森物語"は大好きだしっ! 今日はたまたま、後任がすぐ当てちゃう展開だったから、タイミング的にそう言っちゃっただけだしっ…。)


 ナナは自分が言ったことと言われたことの両方を考えながら、帰りの電車でモヤモヤとした気持ちと一緒に揺れていた。ナナは決して男に言われたことだけが嫌だったわけではなかった。むしろ、大好きなものを悪く聞こえるように言ってしまったこと自分のことの方が嫌だった。


(そっかぁ、あの人は負けたけど楽しかったんだ。余計なこと言っちゃったな。ただ単に面白い台だと伝えたかっただけなんだけどな…。)


 一方、男も初対面で出過ぎたことを言うもんではないなと、夜はまだ涼しい春の道を自分の言動を反省しながら、とぼとぼと帰路についていた。

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