第6話:2度目の当たり

「では、この指定図書である"ブランディングの基礎"を読んで、5月中にレポートを提出すること! あーそれと、テクノロジーの進化は素晴らしいことだが、レポートはAIで書くんじゃないぞー!」


 大講義室の後ろの方でうたた寝気味のナナ、彩乃、麻呂は、教授の"レポート"というワードで一気に目が冷めたところだった。


「まじかー! レポートだって! ナナ、撮影あんのに大変じゃん。しかも、本も読まないといけないから、これはなかなかの強敵だよ?」


 彩乃は"新品"というタグをつけて売りに出せそうな状態の指定図書をバッグから嫌そうに取り出した。


「そこ、焦燥しょうそうにかられるでないぞ〜。レポートなんて、AIに書いてもらえばいいのだよ〜〜! 日々、テクノロジーは進化しているのだから〜。」


 "チャチャット!RPT"というAIの画面を開いたスマホを得意げに掲げる麻呂に、「麻呂っ! ウケるほど、話聞いてないじゃん!!」とAI顔負けのスピードでナナがツッコミを入れた。


「彩乃! 麻呂! こうなったら、高校時代の宿題からお馴染みの"3人共同戦線"するしかないっしょ!! 本も3人で分担して読めば最強じゃないっ? 学食でそれぞれが読む場所とか決めちゃおうよっ!」


「そうしますか!」


「さんせい〜〜。」


 ナナの発案で3人は学食へと向かい出した。4月も中頃になった最近は暖かい日が増え、学生たちは外でご飯を食べたり、PCを開いたりと、非常ににぎやかで和やかな雰囲気がキャンパス中に広がっていた。


(レポートかぁ、3人で協力できるとはいえ、結構大変だなーっ。今月は読モの撮影も多いし、パチンコ打つ時間ないじゃーんっ!)


「ちぇっ!」


 これからの予定的にパチンコを打つ時間がどうしても少なくなってしまうことにがっかりしたナナは、学食に向かう道中に転がっていた小石を半分無意識に蹴飛ばした。


「いてっ!」


 ナナの不満が乗っかっていたからだろうか。軽く蹴ったはずの小石は思いのほかよく飛び、前を歩く男のくるぶしに直撃した。


「えっ!? あっ! ごめんなさいっ!!」


 ナナはすぐに男の元へ駆け寄った。


「すみませんっ!! わたしが蹴飛ばした石です! 決してあなたを狙ったわけではく、、ほんとごめんなさいっ!!」


 あれ?最近も似たようなことがあったような……と自分でも驚きつつ、とりあえず謝りまくったナナは、頭を上げその男をちゃんと見ると、思わず大きな声で叫んでしまった。


「あーーっ! あんたはっ!!!」


 ナナの目の前にいた男は、以前8400枚超えを出していた"いつも出している人"であり"ナナに石をぶつけられた人"であった。場所が大学になったとはいえ、格好はパチンコ屋にいる時となにも変わらず、白ティーにグレーのスウェット。髪は気持ち整えたかな?という程度であった。客観的に見る分には、ナナとこの男には全く接点がなさそうに見えた。


「…………あ、あの時の…。えっと、、いつも石蹴ってるんですか…?」


 ナナの大声にあてられ、男は少しの間フリーズしたが、すぐにナナを以前の石蹴り女だと認識し、苦笑いしながら答えた。以前、ナナが感じたような無愛想な様子はなく、笑い方も苦笑ではあったが、皮肉さはなかった。


「いつもは蹴ってないしっ!!」


「そうですか、すみません…。2回会って、2回とも蹴ってたので。」


「たまたまだわっ! てかっ、なに? あんたこの大学の学生なわけっ?」


 こんな偶然があるのかという驚きをまだ消化できないまま、男との距離をぐいっと詰め、食い気味にナナは男に質問をぶつけた。


「はい。経済学部の2年で。大学には来たり来なかったりなんですけど。久々に来たら、また石に当たってしまいました…。」


「まっ?」


 パチンコ屋でいつも後ろからチラ見していた"いつも出している人"が、まさか同じ大学で同じ学部、しかも1学年下の後輩だったなんて。それ以上に何があるわけでもないけれど、ナナにしてはめずらしく、次の言葉が出てこなかった。


「ナナの友達ですかー?」


 ちょっと後ろから彩乃が男にたずねた。


「いえ、友達というか、ついこないだ近くのパチ…」


「ちょっとまっったーーーーっ!!!!!! いやいやいや、友達でも知り合いでもないからっ! たまたま家が近所みたいで、近くのコンビニで見たことあるかなー、みたいなっ? ねっ???」


 男が先日の出会いを話そうとした瞬間、慌てたナナがすごい勢いで体ごと会話に入ってきて、流れをせいした。


「そ、そんな感じですね。えっと、はい、、コンビニがですね…。」


 男がナナに合わせているような違和感はあったが、彩乃と麻呂もそれ以上深くは聞かなかった。


「彩乃、麻呂、早く学食でレポートの作戦立てよっ! ほらほらっ!!」


 ナナはなかば強引にその場を離れた。


(あぶなーっ!!彩乃と麻呂に私がパチンコやってるのバレるところだったーっ! てかっ、まさかあの男がうちの大学で後輩だったなんて。そんなことあるっー? どんな偶然だよっ! 別に友達ってわけじゃないし、たまたま石を当てちゃっただけ…。)


(……だけど、もし仲良くなれれば、一緒にパチンコの話とかできんのかな…。いやーっ、でも、あんなやつと仲良くなれるかなーっ。)


 男とは分かれたものの、彩乃と麻呂にパチンコを打っていることがバレなかったかという不安や男とまさかの接点があったことで、ナナの頭はいっぱいだった。


「お〜い、ナナさん聞いてるか〜い? ナナが読む範囲は1章から4章だからな〜。お〜い! ナナさ〜ん!」


 麻呂にしてはめずらしい強めの呼びかけすら、なかなか耳に届かないくらいナナにとっては衝撃的だった。

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