第3話:いつも当てている男

 ナナが外に出ると、ちょうど西の空は赤みがかり、街灯が徐々に灯り出す時分だった。春の匂いを含んだ生温かくも心地よい風がナナの髪を揺らす。同時にその風は、いざパチンコ屋へ向かわんとするナナの気持ちを盛り上げた。


(みんなと買い物も行きたかったけど…、今日だけはパチンコの予定を優先でいかせていただきますっ! だってだってだってー、今日はあの"森物語もりものがたり"の新台導入だよっ!? 5万年くらい楽しみにしてたんですけどーっ! 早く打ちたすぎてやばいって!)


 パチンコに向かう道中はどうしたってワクワクした妄想が止まらず、ナナにとっては電車が来るまでの3分でさえ、何度も腕時計を見るほどに長く感じられた。電車に乗ったナナは、すぐにSNSで新台の感想や写真をあさりだした。


(なにこの演出、やばーっ! 良きがすぎるじゃんっ! てかっ、空いてなかったらどうしよ…。人気だもんね…。したら、空くまで待つしかだよね! うん、そうしよっ!)


 ナナは住んでいる駅のひとつの隣である"武蔵境むさしさかい駅"で電車を降りた。西東京と呼ばれるこのあたりは子どものいる家族から一人暮らしのビジネスパーソン、学生など、多くの人が住んでいる活気のあるベッドタウン。今日も当駅に帰ってくる人たちで駅前は賑わいを見せていた。


 ナナが向かうのは駅から歩いてほど近い"NESSEネッセ"というパチンコ屋である。そこそこ大きく、綺麗で、人気台も豊富なこのお店をナナは非常に気に入っていた。


 どうしても気持ちが前に先走り、自然と早歩きになってしまうナナ。慣れた様子でパチンコ屋までの最短ルートを進むと、"森物語"の新台ポスターに出迎えられるように、意気揚々いきようようとお店に入った。先ほどの予想通りの新台の"森物語"は大盛況であったが、運良く1台だけ空いている席があった。


(もう選んでいる場合じゃないっ! 今日のところは打てればなんでもいいっ! これにしよっ!確保っ!!)


 ナナは食い気味に荷物を台に置き、席に腰をかけた。まだ打っていないにも関わらず、台を確保できた安心感とやっと遊戯ができる喜びで、すでに胸はいっぱいだった。


(なにこの台! めっちゃ可愛いじゃんっ! 画面も綺麗! 役物やくものも大きくてテンション上がるんですけどっ!)


 実際に手で触れて台をでた後、すぐにお金を投入するかと思いきや、ナナはゴソゴソとバッグを漁り始めた。すると、なにやら小さなシロクマのぬいぐるみを取り出し、それを大事そうに台のすみに置いた。


 そのぬいぐるみは、ナナが今まさに着席している"森物語"に登場するオリジナルキャラクター"もちぐま"である。ホッキョクグマなので全身真っ白なのだが、なにやら少し困った顔をしているのが特徴である。


(今日も楽しめますように! てかっ、少しは当たりますようにっ!)


 心の中で真剣に願いながら、ナナはもちぐまぬいぐるみの頭を3回撫でた。


 ナナはもちぐまの"もち"の部分に、運や出玉でだまを"持っている"を勝手にかけて、お守りがわりに台に置いているのだ。体良ていよくお守りといったが、パチンコ界隈でいういわゆる"オカルト"というやつである。一言で言うなら、根拠のない個人的なおまじない、あるいはジンクスのようなものだ。


 たとえば、当たりの告知ランプをおしぼりで隠すと光りやすくなる、ちょいとよそ見をしながら打つと当たる、パチンコ屋に右足から入場すると勝てる。これらはそのオカルトの一軍選手たちであるが、説明する必要もないくらいどれもが超非科学的である。


しかし、この一軍オカルトから入り、ゆくゆくマイ・オカルトなるものを開発し、同志と共有し、ひと盛り上がりするというのもパチンコにおける楽しみ方のひとつであることは間違いない。


 ゆえに、先ほどナナが行ったぬいぐるみの頭を3回撫でるという行為も本人にとっては超がつくほどに大事なのだ。2回でも4回でもダメなのである。きっちり、3回撫でる。それが、ナナにとってのパチンコの流儀、いやオカルトなのである。


 ただ、1時間が経過しても、ナナのオカルト効果はまだ出ていなかった。投資もかさみ始め、ハンドルを握るナナの手にも次第に力が入る。


(おーい、、そろそろ当たっちゃっても良いんじゃないのっ…? 周りの台はそこそこ当たってるのにーっ。1回くらいは当たるとこがみたいんだけどっ!)


 打ち初めてすぐに当たる時もあれば、何時間も当たらない時もある。それがパチンコというものである。ナナは流れを変えるために、ホール内を"右回り”で散策することにした。もちろん、これもオカルトである。


(パチンコは相変わらず"ヘブンゲリオン"が人気だなーっ! スロットコーナーも見てみよっと!)


 エスカレーターで店舗の2階に上がるナナ。平日だというのに、2階のスロットコーナーも1階同様に盛況だった。


(うわーっ! あの人、また出してるじゃんっ!! やばっ!うますぎかって!)


 ナナはそう思いながら、当たりを連発している男の台にさりげなく近づき、台の上に設置されているデータパネルをチラ見した。その画面には、海賊船でしか見ないような、あふれんばかりのメダルが入った大きな木箱のイラストが掲載されており、枚数は8400枚を超えようというところだった。


(8400枚!? やばっ!!すごいんですけどっ!! どうしたら、そんなに出せんの?まじで謎っ! てかっ、あっちの女の子もまた出してるよ!すごっ!)


 そう。どのパチンコ店にも、"いつも出している人"というのが数人はいるものだ。そのような人たちは、平日だろうが祝日だろうが、いつお店に来ても見かける。そして、いつ見ても当てているように見える。不思議なもので、そんな人たちがどのパチンコ屋にもいるものなのだ。


 そして、このお店にもいつも出している2人がいた。


 ひとりは、たった今8400枚を叩き出しているこの男である。歳はナナと同じか少し上だろうか。どちらかというと不健康よりのスラっとした細身で170cm後半くらいとスタイルは良い方だ。整った顔でイケメン風にも見えるのだが、肩につかないまでもやや長めの黒髪を大してセットしないでいるせいで、パッとしない印象が先行していた。服装は、白いTシャツにグレーのスウェットという格好がもはや制服化されているようだった。


 いつも当てているという事実も手伝って、"いかにもパチンコを毎日打っていそう…。"というのが、彼に対するナナの印象であった。


 もうひとりは、おそらくナナより歳が下の女子であった。19歳〜20歳くらいだろうか。綺麗な銀髪ショートカットで、渋谷か原宿にでも行くのでは?というくらい服装や爪にも気が遣われていた。身長は平均的で細身だが、出るところは出ておりスタイルはとてもよかった。そんな可愛い見た目のため、彼女は風貌ふうぼうと出玉の双方で周りの注目を集めていた。


 パチンコよりスロットを得意としている彼女は、見た目こそ可愛らしい"小動物"みたいなのだが、夕方あたりからお店にやってきては誰かが打ち終わった期待値きたいちのある台を狙い打つ、いわゆる"ハイエナ"と呼ばれるプレイヤーだ。プレイスタイルのせいかは分からないが、顔つきはやや挑戦的のため、見た目が可愛らしいからと迂闊うかつに声をかけるのは危ないかもしれない。


(あの子、すごい当ててるし、すごく可愛いし、最強じゃんっ! 友達になれたりしないかな…。)


 と、ナナは密かに彼女のことを気にしていた。


 そんなこんなでナナがホール内散歩から席に戻り、少し時間が経過したころ。すでに、ナナの台のデータ板に表示されている回転数は600回転を超えていた。

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